ずっと、君に恋していいですか?

薫が階段で自宅のある階まで上がって通路を歩いていると、ドアの前に佇む人影がこちらを向いた。

(えっ…志信…?)

そこにいるはずのない志信の姿に、まさか幻でも見ているのではないかと自分の目を疑う。

心臓がドキドキと大きな音をたて、どうやって歩いているかわからないほど、手足がバラバラになったような感覚に陥る。

(ホントに…志信なの…?)

本当は走って行って飛び付きたいのに、体は心とはうらはらに、ギクシャクと音がしそうなほど不自然に動く。

ようやく自宅のドアの前にたどり着くと、薫はおそるおそる志信の顔を見上げた。

言いたい事はたくさんあるのに、喉元がつかえたように言葉が出てこない。

「志信…。」

ようやく絞り出した声は、少し震えていた。

「薫…久しぶり…。」

「うん…。戻ってたの…?」

「今日、出張で…。本社会議だったから。」

「そうだったね…。」

口から出てくるのは、どうでもいい事ばかり。

何から話せばいいのかわからない。

ほんの少しの沈黙が流れた。

「…お見合いしたんだって?」

志信の言葉に驚いて、薫は顔をこわばらせた。

「さっきの人?」

薫がうなずくと、志信は小さく笑った。

「今更オレがとやかく言う事じゃないか…。」

志信はそう言って、ポケットからキーケースを取り出した。

「転勤になる前、会えなかったから…合鍵、返し忘れてた。もう、オレが持ってても意味ないよな…。」