「二人の事は、二人にしかわからないでしょ。卯月さんだって…ホントは笠松さんと離れたくなんかなかったんですよね?」

薫は涙を流しながら、小さくうなずいた。

「でもやっぱり…私は仕事を捨てられなくて…志信についていくって言えなかった…。志信に嫌われても仕方がないって、思ってる…。」

「卯月さん…。」

薫は涙を拭いて、バッグの中の財布から一万円札を取り出しテーブルの上に置いた。

「ごめん、帰るね。お釣りはいいから。」

バッグとコートを手に取り、ショップ袋を大事そうに抱えて、一人で店を後にした。



薫は自宅に帰ると、ショップ袋の中のルームウェアを取り出した。

(あ、これ…。)

いつか志信と一緒に、テレビで流れていた`アナスタシア´のCMを見た時に、何気なく欲しいと言った物だと薫は気付く。

おそろいのルームウェアを着たCMの中の二人がとても幸せそうで、自分たちもいつかこんなふうになれたらいいなと思った。

だから、欲しいと言った。

志信はそんな些細な事まで覚えてくれていたのだと思うと、また涙が溢れた。

(私は志信の誕生日さえ覚えてなかったのに…。)

薫は志信が置き土産に残したルームウェアを抱きしめて泣いた。

いつか二人で一緒に着たいと思っていたのに、今はもう、志信はここにはいない。

いつも優しく包み込むように抱きしめてくれた志信を失ってしまった。

薫は泣きながら、あの優しい手はもう二度と、この涙を拭って抱きしめてはくれないのだと思った。