そして引っ越し当日。



『何かあったらすぐ連絡するんだよ。言ってくれたらお金もすぐ送るから』



母の彼氏はそう言って、目の奥まで嬉しそうな顔を僕に向けた。


きっと本気で喜んでいるのだろう。



『…………』



僕は無言でそいつをにらむことしかできなかった。


母は店に立つ直前だからかメイク中らしい。



家を出て一歩進んだとき、後ろからバンッと扉が開かれる音がした。



『一吾、どこにいようと一吾は家族だから! その……元気でね!』



『うるせーよ』



『……母親なんだから心配くらいさせてよ』



泣きそうな母の声が背後から聞こえ、仕方なく僕は振り返った。


ばっちりメイクを終えた母は、何かを言いたげな様子だった。



『何かあったらすぐ連絡して』



僕は母にそれだけを伝えて、この町を出た。