引っ越しまで後3日、に耐え切れず、小父さんと小母さんに許しを得てリリーをマンションに連れ帰った。

いい大人が、自分の感情を抑えきれず情けない。

それでも、俺の腕の中で気持ちよさそうに眠るリリーが可愛くて可愛くて、堪らず自然と頬が緩む。

数時間前、リリーのトラウマの原因を作った男に出会った。

多少は怯えはしたけど、リリーは許す事で心に根を張っていたものを解消したようだ。

泣いてばかり居たリリーが大人になったな、と感慨深くなってしまうのは、俺もそれだけ歳をとったんだろうな。

腕の中の愛おしいぬくもりを抱きしめ、俺も瞳を閉じた。


初めてリリーと会ったのは、俺の家のリビングルームだった。

父親の同級生で、隣に越してきた家族だと紹介をされた。

そこで、ひっくり返るんじゃないかってくらい俺を見上げ瞳を輝かせる小さな存在に気付いた。

しかも事もあろうに、その小さい生き物は俺に向かって、


「王子様!!」


と叫んだ。

室内が微笑ましい笑顔に包まれる中、隠すことなくげんなりしたのは言うまでもない。

なんだその呼称は!?

俺の産みの母親が亡くなったのは、俺が2歳の時らしい。

らしいっていうのは、母親の記憶がないからだ。

ただ、物心ついた時には写真だけが飾られ、父親と2人だった。

保育園の行事には仕事で一切出席する事はなかったが、『おとうさんは、しごとがいそがしいんだ』と言い聞かせていた。

仕事が忙しくても、不器用ながらに家事をしている父親を誇らしく思っていた。

なのに、突然今日からおまえの母親だと連れてこられた女性を見て、俺は心底父親にガッカリしたのを覚えている。

父親に紹介される少し前から、父親が家事をするより家の中が綺麗になっていると感じたのは、全部この女(人)がやっていたんだと気付いた。

俺の知らない間に、知らない女が我が物顔で俺の家に出入りしていたと思うと、不愉快極まりなかった。

母親だと言われた人のお腹は大きく、そのお腹を愛おしそうに撫でていて。

それを俺が見た事がないような、柔らかな眼差しを向ける父親にショックを受けた。

保育園の迎えが遅くなっても、親に甘える友達を見て羨ましいと思っても、父親が頑張ってるのにワガママは言えないと寂しさを隠してきたのに。

俺には父親しかいなかったのに、父親はそうじゃなかった。