私達は今まで同僚以上でも以下でもない関係で、いくら記憶を手繰り寄せても原口くんが私を恋愛対象として見ていたとは思えないから……。


恋愛偏差値は、ごく普通。人並みに恋愛をしてきたし、もちろん恋人がいたことだってある。
そんなアラサー真っ只中の私が、毎日のように顔を合わせる相手に好意を向けられていたとしたら、さすがに気付けないなんてことはないだろう。


「困るとかそんなことはどうでもいい」


人の気持ちをどうでもいい、と言い切るなんて酷くないだろうか。抗議を放ちたくなったけど、眉間のシワを緩めた原口くんに真剣な瞳で真っ直ぐ見つめられて、そんな気持ちは一瞬にして消されてしまう。


「俺がこんなことする奴じゃないってわかってるなら、理由なんてひとつしかないだろ。……お前は頭がいいんだから、『状況が理解できない』なんて逃げ腰な言葉で片付けるな」


ぴしゃりと言い切られて、逃げ道を閉ざされる。それでも、空いたままのスペースに縋るように右側に体を動かそうとすると、すかさず原口くんが左手を壁に付いた。


「えっ……」


まさに、八方塞がり。
そんな言葉が頭の中を過ぎった時には、私は原口くんの両腕に囲まれてしまっていた。


「逃げるなよ?まぁ、逃がす気なんてないけど」


唇の端だけを上げて微笑する表情は、間違いなく“男”の顔。


目の前にいるのは、一体誰なのだろう。
見慣れた顔だったはずなのに、私の知らない表情をする。

そんな同僚に追い詰められ始めているのだと気付いたのは、彼の微笑を見た瞬間に確かに心臓が大きな音を立てて跳ね上がったからだった。