懐かしく感じて、ジッドの並んだ書架の前に立つ。
『田園交響楽』も好きだったな。
『贋金つくり』……『法王庁の抜け穴』……『女の学校』『ロベール』……。
ああ、これ。
俺は『一粒の麦もし死なずば』を手に取ろうとして、同時に伸びてきた白い手に驚いた。
慌てて手を引いたが、彼女も……あの『狭き門』を読んでいた子も手を引っ込めていた。
さっきは下を向いていたからよくわからなかったけれど、目の大きな青白い綺麗な子だった。
「……どうぞ。」
俺がそう言って会釈すると、彼女は目を見開いて、自分の胸を押さえて、そして俺から目をそらした。
「あ、いえ。どうぞ。」
声が震えて鈴が転がったように響いた。
綺麗な声だな。
「いや、俺はもう読んでるから。」
そう言って本を書架から取り出して、彼女に差し出した。
「どうぞ。」
もう一度そう言うと、彼女は赤くなって恐る恐る本を受け取った。
「ありがとうございます。」
本に目を落とした彼女のまつ毛に心ひかれた。
「……ジッド、好き?」
そう聞いてしまってから、自分の言葉に驚いた。
何言ってるんだ?
図書館でナンパとかしてるんじゃないよ!俺!
彼女は少し驚いた顔で俺を見上げて、また、慌てて視線をそらした。
小さな肩を震わせて、両手で本を抱いていた。
「ええ。口惜しいけど、好きです。」
口惜しい?
どういう意味だ?
ジッドに恨みでもあるのか?
「君は……」
「あの、図書館であまり話すの、迷惑ですから。」
彼女は俺の言葉を遮って、そう言うと、右手の人差し指を唇のすぐ前につきたてた。
慌てて俺も口を閉じた。
……怒られた。
彼女は、にこりともせずに会釈して、本を抱えたまま閲覧用のデスクへと向かった。
俺は、途方に暮れて立ちつくす。
デスクで本を読む彼女の背中を未練がましく見ていると、彼女がそーっと振り返った。
俺と目が合うと、また赤くなって慌てて彼女は本に目を落とした。
……耳まで赤い……なんなんだ?
好意と拒絶の両方をめまぐるしく示されて、俺は混乱した。
帰宅後も彼女のことが頭から離れなかった。
書斎に入り、ジッドの『狭き門』を手に取る。
「お!暎(はゆる)、どうした?」
兄貴が書斎のドアから顔を出した。
「ちょっと読みたくなって。」
……この頃には、理由のない反抗心は多少落ち着いていたらしく、俺は家族と普通に会話ができるようになっていた。
「へえ。……好きな子でもできたか?」
兄貴が、俺の手の中の本を見て、ニヤッと笑ってそう言った。
『田園交響楽』も好きだったな。
『贋金つくり』……『法王庁の抜け穴』……『女の学校』『ロベール』……。
ああ、これ。
俺は『一粒の麦もし死なずば』を手に取ろうとして、同時に伸びてきた白い手に驚いた。
慌てて手を引いたが、彼女も……あの『狭き門』を読んでいた子も手を引っ込めていた。
さっきは下を向いていたからよくわからなかったけれど、目の大きな青白い綺麗な子だった。
「……どうぞ。」
俺がそう言って会釈すると、彼女は目を見開いて、自分の胸を押さえて、そして俺から目をそらした。
「あ、いえ。どうぞ。」
声が震えて鈴が転がったように響いた。
綺麗な声だな。
「いや、俺はもう読んでるから。」
そう言って本を書架から取り出して、彼女に差し出した。
「どうぞ。」
もう一度そう言うと、彼女は赤くなって恐る恐る本を受け取った。
「ありがとうございます。」
本に目を落とした彼女のまつ毛に心ひかれた。
「……ジッド、好き?」
そう聞いてしまってから、自分の言葉に驚いた。
何言ってるんだ?
図書館でナンパとかしてるんじゃないよ!俺!
彼女は少し驚いた顔で俺を見上げて、また、慌てて視線をそらした。
小さな肩を震わせて、両手で本を抱いていた。
「ええ。口惜しいけど、好きです。」
口惜しい?
どういう意味だ?
ジッドに恨みでもあるのか?
「君は……」
「あの、図書館であまり話すの、迷惑ですから。」
彼女は俺の言葉を遮って、そう言うと、右手の人差し指を唇のすぐ前につきたてた。
慌てて俺も口を閉じた。
……怒られた。
彼女は、にこりともせずに会釈して、本を抱えたまま閲覧用のデスクへと向かった。
俺は、途方に暮れて立ちつくす。
デスクで本を読む彼女の背中を未練がましく見ていると、彼女がそーっと振り返った。
俺と目が合うと、また赤くなって慌てて彼女は本に目を落とした。
……耳まで赤い……なんなんだ?
好意と拒絶の両方をめまぐるしく示されて、俺は混乱した。
帰宅後も彼女のことが頭から離れなかった。
書斎に入り、ジッドの『狭き門』を手に取る。
「お!暎(はゆる)、どうした?」
兄貴が書斎のドアから顔を出した。
「ちょっと読みたくなって。」
……この頃には、理由のない反抗心は多少落ち着いていたらしく、俺は家族と普通に会話ができるようになっていた。
「へえ。……好きな子でもできたか?」
兄貴が、俺の手の中の本を見て、ニヤッと笑ってそう言った。



