「そんな……」


思わず声を漏らし、窓に手をついてピンク色の建物を探す。

社長室から見渡せる景色の中に、たしかにその病院はあった。

そこをじっと見つめる社長は無表情だけれど、瞳には色々な物を溶かし込んでいるように見える。

家族が近いうちに死を迎えることがわかっていて、平静でいられるわけがない。

本当は、つらいはずだよね……。

専務たちに詳しい病状を知らせないのは、お父様の意思。それは嘘ではないのだろうけど、何より社長自身が、彼らの前で悲しい事実を口にすることができないんじゃないかな。

きっと、いつものようにポーカーフェイスで振る舞う自信がなくて……。

そう思ったらやりきれなくて、私の方が泣きそうになってくる。唇を噛んでそれを堪えていると、社長の静かな声が語る。


「家族よりも、本人のほうがよっぽど最期を迎える覚悟ができていて、父は僕を挑発するように言うんです。“俺が死ぬまでに、俺を超えて見せろ”――と。だから、僕は……」


そこで言葉を詰まらせた社長だけど、彼の言いたいことはなんとなくわかった。

昨日の会食の後、社長の体のことを心配する充さんに、確かこう言っていた。


『時間の許す限り、僕は全力で結果を残したいんです。仕事のことも、プライベートのことも』


だから、彼は……お父様の期待に応えるために、一日一日、必死で――。



「……なぜきみが泣くんです」



声を押し殺したはずが、どうしても漏れてしまった嗚咽に気付いた社長が、呆れたように呟いた。