「……私と父とは別の人間ですから」

「ええ、そうですね。……ちなみにお父様のお加減はどうなのですか? “良くなったら顔を見せる”と言いながら、ちっともやって来ないじゃないですか」


専務の嫌味な口調を聞いていると、胸がざわめきを覚えた。

前に私が似たようなことを尋ねたとき、社長は質問には答えずに話をはぐらかした。

そして、幼なじみの充さんには、お父さんの具合について確かこう言っていたんだ。

変わるときは、終わるときですから、と――。

その言葉から察するに、社長のお父様の状態は、かなり深刻なものなんだろう。涼子さんが言っていた社長の事情っていうのも、そのことなのかもしれない。

勝手にそんな予想をして、私が人知れず胸を痛めているときだった。


「……父は元気ですよ。外出許可も出ています。ただ、歩いたりするのに誰かの介助が必要で、そういう姿を皆さんに見られたくないのだと思います」


誰と目を合わせることもなく、テーブルの一点だけを見つめて社長が言った。


「それならこちらからお見舞くらい行かせてください。入院中の病院すら教えて頂けなくて、元部下として寂しいものがあるんです」

「それは父の意思なので、僕の口から勝手に言うわけにはいきません。……それと、これ以上仕事に関係のない話をするようでしたら、僕は退席します」


冷たく言い放った社長は、もうお父様の病気のことに関して触れて欲しくないようだった。

そんな彼に、誰も何も言い返さないでいると、社長は静かに席を立ち、会議室のドアに向かう。

そして部屋を出て行く寸前、私の方を振り向いて告げる。


「芹沢。きみも一緒に社長室へ」

「え、あ……はい!」


弾かれたように立ち上がった私は、残された重役たちの視線を背中に感じながら、社長の後に続いて会議室をあとにした。