「泣くのが、いや……?」

「うん。美都さんには、いつも幸せそうに笑っててほしい。だから、社長が美都さん泣かせるようなことするなら……俺、許さないから」


上倉はそれだけ言うと、呆然とする私を残してこの場を立ち去ってしまう。


「上倉……」


泣かせるようなこと……って。もう、さっき泣いちゃったし、正直なところ、社長は好んでそうしてくるんだけど。

上倉には、そのことを言わない方が良さそうだ。

まっすぐに私を想ってくれている上倉じゃなくて、私を泣かせる人のことを選んで、ゴメンね……。

彼の後姿を見送りながら、心の中でそう伝えると、私もその場を離れた。

ホームに移動すると、ちょうど電車が来ていて、私は急いで乗り込んだ。

吊り革をつかんで、窓の向こうに広がる夜の街をぼんやりと眺める。

そういえば、社長はあれからどこへ出かけたのかな。

私用と言っていたけど、私はまだ彼の趣味も何も知らないから、想像もつかないや。

ちょっとした落胆と、それから疲れも入り混じったため息を一つこぼして、電車の揺れに身を任せる。

明日はとりあえず九時に秘書課に出勤して、今日涼子さんに教わったような事務作業を済ませたら、一時間休憩を取って、午後から重役ばかり集まる会議があるのだそう。

議事録を頼まれている涼子さんと、それからなぜか私も同席を求められている。

やだな……緊張する。でも、きっとそういう場に慣れておくことも、社長秘書には大事なことだよね。

ああ、ますます何を着て行こうか悩む。