会場に足を踏み入れると、人波を縫って少しずつ、静也さんの立つ壇上へと近づく。

さすがに先頭に出ていくのは憚られたけれど、彼の顔がよく見える位置までくると、ちょうど静也さんと目が合った。

本当に、一瞬だけ。私にだけわかるように――と思うのは自意識かもしれないけれど、静也さんが優し気な表情になったのがわかった。

なんだか胸が熱くなって、私も“しっかり見てますから”とエールを送るような気持ちで彼を見つめる。


それから静也さんは、創立百周年を迎えられたことに対して、社員や得意先、それから東郷蜂蜜の製品を愛してくれるお客様に感謝の意を述べた後、会社の創立から今に至るまでの歴史を語り始めた。

初めは台本を読むようにスラスラと話していた彼だけれど、話が現在に近づくにつれ、ときどき言葉が詰まるようになった。

頑張って――。そう念じながら見つめる先の彼は、ゆっくりと、確かめるように言葉を紡ぐ。


「曾祖父から祖父、祖父から父へと受け継がれてきた経営のバトンですが……僕は、それをいつ落としてもおかしくないくらいに、不安と危機感に毎日襲われていました」


静也さんのこんな姿をみたことがないであろう社員たちは、意外そうにしながらも、静かに耳を傾けている。


「……特に。父の社長としての手腕をよく知る、役員の皆さんからの評価が怖かった。自分が未熟であることは自分が一番よく分かっていましたから、このままでは認めてもらえるわけがないと、苦悩の連続だったんです」