王子様はハチミツ色の嘘をつく



「――おお! おかえり! 社長夫人!」


会議から戻ってきた課長が、今の空気で絶対に言っちゃいけない台詞を、それはそれは嬉しそうな笑顔で言いながら、オフィスに入ってきた。

私の席が蜂蜜まみれなことも気づかないし、しーんと静まり返る私たちを見ても、「ん? どした?」と首を傾げている。

この空気の読めなさ……彼が出世競争に勝てなかった理由、なんとなくわかっちゃうんですけど。


「……美都さん、今の話はまたあとで。俺、ぞーきん持ってくる」

「あ、え、私やるよ」


……ていうか、今“美都さん”って言わなかった? 聞き間違い?


「いいですよ。たぶん、コレ俺のせいでもあるし。とりあえず美都さんは俺のパソコン使っててください。社長室に行ってる間できなかった午後の仕事、色々あるっしょ?」

「うん。……ありがと。じゃあ、借ります……」


先輩に対して“あるっしょ?”っていう言葉遣いはあとで注意するとして……

それでも彼のさりげない気遣いは、心をほわっと温かくした。

上倉って、実はよく周りを見てるんだな……

それからようやく課内は普段通りの雰囲気を取り戻し、私は上倉のパソコンを使って、再来月行われる、会社の百周年記念式典の準備作業に取り掛かった。

とはいっても、直接的な準備に庶務課が関われるはずもなく、主に式典で使われる備品の発注をするだけ。

だけ……なんだけど。その数が多くて、結構大変なんだよね。