「社長、そろそろお時間です」


控室の扉がノックされたとき、僕は美都が迎えに来たのだろうと思い込んでいた。

しかし、耳に入ったのは女性の声ではなく、深見の低い声。


「今行きます」


少し怪訝に思いながらも、美都は別のことで忙しいのだろうと予想し、僕は部屋を出て深見と合流した。

ホテルの廊下を深見の後ろについて歩きながら、これから社員の前に出て話す挨拶の内容を頭の中で確認していると、深見がふいに立ち止まった。


「……社長。今は、式典のこと以外であまり社長を悩ませるのは好ましくないとわかっているのですが、ひとつ、大事な報告が」

「報告?」


普段から愛想など皆無の深見だが、いっそう険しい顔をしているように見える。

何かまずいことがあったのだろうか。しかし父のことならば、僕に直接連絡が来るはず。

何のことか全く予想がつかずに視線で言葉の先を促すと、深見が深刻なトーンで告げた。


「さきほどから、芹沢さんの姿がどこにもありません」

「……え?」


美都が、どこにもいない……?

想定外の事実に、僕は口を開けたまま固まる。