社長室で、仕事面についてひととおりこれからのについての説明を聞き終えると、私は一度庶務課に戻るために、廊下を歩いていた。

そして休憩室の前を通り過ぎる時に、缶コーヒーを片手に持った上倉が偶然そこから出てきて、「あ」と一言だけいうと、私を無視して庶務課の方へ歩いて行ってしまう。

あれ……? なんか、機嫌悪い?


「ねえ、上倉」


その背中を追いかけていって、私は彼の横に並ぶ。
社長より少し背の低い彼の顔を見上げると、やっぱり仏頂面だ。


「……なんスか」

「いや、何ていうこともないんだけど……いや、やっぱあるかな。私ね、実は明日から――」


言いかけた瞬間、上倉は私の言葉を遮るようにして、低い声を放った。


「――結局。芹沢さんも玉の輿とかそういうの、キョーミあったんですね。そういう計算しない人だと思ってたから、ちょっとガッカリです」


自分の意思とは全く違うことを勝手に決めつけられて、私は思わずムッとした。

玉の輿って、社長とのことを言ってる……?

全然そんなんじゃないし、だいいち上倉がどうしてそれを知ってるの……?


「それ……どこで聞いたの?」

「どこでっつーか、もう課長が言いふらしまくってますよ。ウチの芹沢が大出世だって、自分のことみたいに得意げになって」

「課長か……」


毎日ニコニコしていて優しい、五十代のオジサン課長。

同期の出世競争に負けまくり、野心だとか向上心とかはすっかり削がれた代わりに、優しさと広い心と手に入れたのだと、課長自身が酔っぱらった時によく語っている。