「おまえ、なんでそんな隅っこに行くんだ?」


借りた本を抱えて部屋に戻ろうとすると、アレクに怪訝な顔をされたけど。あんたが命じたんでしょ。そっちこそ何言ってんの?って感じ。


「あたしの部屋こっちなんだから、当然戻るだけでしょ。なにかおかしい?」

「何だそれ? 聞いてない。俺はちゃんと隣の客間を用意しろ、と言いつけておいたがな」

「……それ、本気で言ってる? 現にあたしの部屋はこっちなんだけど」


思わず半目になってアレクを見ると、彼は傍らで控えてた侍従に何やら小声で言ってる。侍従の一人が頭を下げて退出すると、突然アレクはあたしの手首を掴んだ。


「来い」

「は? え……ちょ、ちょっと!」


アレクはあたしの腕を掴んだまま、ミケの部屋から出ると大股でずんずんと先へ進む。さっきは隣の部屋と言ってたのに。


緋色の絨毯が敷かれた豪奢で広い廊下を通ると、会う人会う人すべてがアレクを見た途端両脇に控えて頭を下げる。それを複雑な気持ちで見ながら、アレクに連れてこられた場所は――やや離れた場所にある、池が面した一階の部屋。 バルコニーが張りだしですぐ下が水面になってる。


着いたのはアイボリーの壁と天井に見事な金銀細工が施された、十畳くらいの広さの部屋。ミケの部屋よりこじんまりしているけど、庶民には十分です。


照明もシャンデリアではあるけど、乳白色のシェードがすずらんみたいにぶら下がっていてかわいらしい。木目調の家具や落ち着いた深紅のカーペットも派手すぎなくて。なんとなくほっとできた。