「恵子さん、酒豪だなんて、私、そんなには……」

「やだ、冗談よ」


 と野田は言った。冗談なのは当然としても、その言い方に俺は引っ掛かるものがあった。


「速水君、何やってるの?」

「え? 水割りを飲むところだけど?」


 俺はマスターがカウンターに置いてくれた水割りのグラスを持ち、口に運んでるところだったからそう答えたまでだが……


「ふざけてる場合? 社内中、あんた達の噂で持ち切りよ?」

「そんな、大げさな……」


 あれだけ公然とくっ付いてれば、多少は俺と高宮が噂になるのも無理ないとは思うが、いくらなんでも社内中というのは誇張し過ぎだと思う。パートナーさんも含めれば、従業員の数はざっと1000人は下らないのだから。


「大げさじゃないわよ。みんなその手の話は好きなものなのよ」

「へえー、暇なんだな」

「呑気な事言わないで。いくら詩織ちゃんが可愛いからって、あからさまじゃ詩織ちゃんが可哀想でしょ? 入社して日も浅いのに、噂の種にされてるんだからね!」

「え?」


 そうか。さっきの野田の言い方に引っ掛かったのだが、そういう事だったのか。つまり、俺が高宮にくっ付いてるとか、あるいは俺が高宮を捕まえてるとか、細かい事はわからないが、とにかく俺のせいだと野田は思ってるし、俺をよく知る野田でさえそうなのだから、誰もがみんなそう思ってるって事だな。

 ま、いいけど。その方が高宮のためだから。


「え、って何よ?」

「いや、わかった。今後は気を……」


 “気を付けるよ”と俺は言おうとしたのだが、


「それは違います!」


 と高宮が野田に向かい、彼女にしては珍しく強い口調で言い放った。