「え? 何だって?」


 確か“中学"と聞こえたのだが、それではあまりに突飛だから、きっと何かの聞き違いだろう。そう思って聞き返したのだが……


「課長は、どちらの中学を出られたんですか?」


 聞き違いではなかったらしい。

 しかし、なぜ中学なんだ? 大学や高校を聞くのではなく。高校生同士の会話ならわかる。“おまえ、どこ中?”なんて会話を、高校の時に何度か耳にした事がある。もっとも俺は、その手の会話からはいつも逃げていたが。


 高宮は、俺の出身中学なんか聞いて、何がおもしろいのだろうか。そう思ったが、俺の答えを待っているのは明らかで、仕方なく答えることにした。じいちゃんから聞いた範囲で。


「埼玉の、県境にある中学だ」

「学校の名前は何ですか?」

「そこまで言わないといけないのか?」

「はい、ぜひ教えてほしいです。他にも、例えば、学校の帰りにどこかへ寄っていたとか……」

「そうか。でもな、悪いけど教えられない」

「え?」

「憶えてないんだ」

「そんなわけないじゃないですか。なんで隠そうとするんですか?」


 高宮が、初めて怒った顔をした。いや、実際に怒ったのだと思う。それを見た俺は、つい切れてしまい……


「記憶がないんだよ!」


 高宮を、怒鳴ってしまった。

 当然ながら高宮は、大きな目を更に大きく見開いて驚いていた。

 しまったあ。こいつ、また泣くんじゃないか?


「悪かったな? つい大きな声を出しちまったが、おまえに怒ったわけじゃないんだ。そう。つまり、俺自身になんだ。自分が情けなくてさ……」

「何も憶えてないんですか?」


 やばい。高宮の声が、震えてる。


「そうなんだよ。俺は中学の頃の記憶がないんだ。詳しくは言えないけど、俺には忘れたい事情があってさ、自分で記憶を失くしちまったんだと思う。きれいにそこだけすっぽり記憶が抜けてんだよ。笑っちゃうだろ?」


 そう言って俺は、声に出して「あはは」と笑って見せたのだが、手遅れだったらしい。

 高宮の目はたちまち涙で潤みだした。そして大粒の涙がぽたぽたと溢れだし、彼女の頬を濡らしていくのだった……