「……そうか」


 としか俺は言えなかった。

 おそらく高宮は、脚が不自由な事もあり、虐めを受けたのは一度や二度ではないと思う。そんな高宮に掛けてやる適切な言葉を、俺は何ひとつ持っていないと思ったのだ。虐めらしい虐めを、一度も受けた事のない俺には……


「課長?」

「ん?」

「河原の公園です。大きな川の横の……」

「あ、ああ。そうか」


 急に無口になった俺に、なぜか高宮は河原の公園だと繰り返した。しかも、大きな川の横だと説明まで加えて。

 その意味するところが俺にはさっぱりで、更に不思議な事に……

 高宮は、俺を探るかのような目で見ていた。俺はその澄んだ瞳に、自分の目の奥を覗き込まれているような気さえした。

 高宮、何だってんだよ……


「小島君は、たぶん私に気付いていません」

「あ、そう言えばそうだな」

「なぜかわかりますか?」

「え? バカだからだろ」


 俺はそう言ってニッと笑ってみたが、高宮は顔色ひとつ変えず、俺を食い入るように見つめ続けた。俺的には、精一杯のギャグだったのにな。


「苗字が違うからです」

「え?」

「私の両親は、いつも喧嘩ばかりしていました。しかも父は失業して、昼間からお酒を飲んでいました。私は家にいるのが嫌で、よく河原の公園に行ってたんです。
やがて両親は離婚して、私は母に引き取られて、母の実家に引っ越したんです。高宮は、母の苗字なんです」

「なるほど……」

「引っ越したから、もうあの河原には行けなくなりました」


 また河原? 高宮は、やけに河原を強調するんだな。

 それはさておき、もしかして俺は高宮に責められているのだろうか。そんな謂われは全くないはずだが。

 そう思わざるをえないような高宮の視線に、俺は耐えられなくなり、彼女から目を逸らした。ところが高宮は、それを許さないと言わんばかりに、


「中学はどちらですか?」


 と言った。