こいつ、なんで泣いてるんだ? なんでそんな目で、俺を見る?

 高宮は、黒目がちの大きな目を見開き、真っ直ぐに俺を見ていた。その目が訴えるもの、それは……驚き?
 たぶんそうだ。つまり高宮は、俺が大声で怒鳴った事に驚き、泣いているのだと思う。だが、いい年した大人が、そんな事ぐらいで泣くものだろうか……


「これを機に、怒鳴るのはやめた方がよくないっすかね」


 また小島だ。言い返したいが、今はそれどころではない。


「高宮、泣くな。泣かないでくれ」


 と言ってみたのだが、それは逆効果だったのか、高宮はしゃくり上げ、両手の甲を目の下に当てて本格的に泣き出してしまった。

 こんな泣き方は何年も見てないと思う。この泣き方は……そう、子どもの泣き方だ。高宮は、子どもか?

 それはさておき、この状況を何とかしないといけない。


「みんなは仕事に戻ってくれ」


 そうみんなに言ってから俺は高宮に近付き、


「とりあえず外に出よう?」


 と言ったのだが、高宮は動こうとしない。俺は日頃、女子社員の体には決して触れないようにしている。セクハラで訴えられたら面倒だからだ。

 部下からパワハラで訴えられるのは覚悟の上だが、セクハラだけは避けたい。面倒な上に、かっこ悪いからだ。

 ところがセクハラというのは男にとって非常に厄介なもので、訴えられたら殆ど負けるらしい。その意味では、電車内の痴漢なんかも同じだな。

 という事なのだが、この際仕方がない。俺はそっと高宮の肩に手を触れ、「外へ行こう。な?」と、滅多に出す事はない優し気な声で言った。

 それでも高宮は動こうとせず、仕方がないので俺は高宮の肩に触れた手に、ちょっとだけ力を入れた。すると、高宮の体がグラッと揺れ、俺は慌てて彼女の体を支えた。彼女の右脚に体重を掛けてしまったのだと思う。膝が曲がらない方の脚へ。


 ああ、もう、こうなったらやけだ。俺は高宮の両膝の裏に左手を当て、彼女の背中に右手を回すと、素早く彼女を抱き上げた。そして足早に廊下へと出た。

 ヒューと口笛を吹く音が聞こえたが、おそらくそれも小島だろう。