翌日、始業時刻を少し過ぎた頃、部長が高宮詩織を連れて俺の部署へやって来た。高宮は、今やお決まりの濃紺のリクルートスーツを身にまとい、俯いて部長の後ろを歩いていた。右足を引きずりながら……

 顔はよく見えないが、かなり小柄で、子どものような体型に見える。おそらく新卒の新入社員に混じったとしても、違和感はないのではなかろうか。


 特に声を掛けてはいないが、2課で働くメンバー全員が立ち上がり、注視する中、部長と高宮は窓際の課長席、つまり俺の席の近くに来て、みんなを向いて立ち、俺もその横に並んだ。部長、高宮、俺の順だ。


 部長が高宮を簡単に紹介した後、高宮が初めて声を出した。


「高宮詩織です。よろしくお願いします」


 高宮は、必要最小限の言葉を言い、お辞儀をした。小さな声ではあったが、透き通るような、綺麗な声だと俺は思った。

 俺がパチパチと手を叩くと、みんなもそれに合わせて手を叩いた。


「じゃ、後は頼む」

「はい」


 部長は職場を去り、俺はみんなに向かい、「よろしく頼むな。教えてやってくれ」とだけ言った。他に言うべき事を思いつかないからだ。

 俺は早速高宮に席を教えようとし、玉田を見た。すると玉田の机の上に、プロジェクターが置いてあるのが目に止まった。そのプロジェクターは、この後パートナーさんと顧客の会社へ行き、うちのシステムのプレゼンに使うため、何日も前に俺自身で予約の登録をしていたものだった。


「おい、玉田。そのプロジェクターはなんだ?」

「と言いますと……」

「なんでそこにあるのかと、聞いているんだ」


 なぜかは知らないが、周りがざわざわしてきた。だが俺はそれに構わず、玉田への追及を続けた。


「あ、それはですね、企画室の方が借りたいと言うので、これから持って行ってあげようかと……」

「バカ野郎! おまえ、何やってんだよ。それは俺が予約してたものなんだぞ。プロジェクターは事前に予約が必要なんだ。おまえは、そんな事も知らないのか!?」

「す、すみません……」


 玉田は顔色を変えて俺に詫びた。当然の事だが。しかし、その時……


「あーあ、もう泣かせちゃったよ」


 小島だ。惚けた言い方にムカッとしたが、それよりも、不思議な事を言うものだと思った。玉田は泣いてないからだ。そう思って小島を見ると、小島本人も周りの者も、玉田をではなく前方の一点を見ていた。

 その視線をたどるように横を向くと……


 高宮が、俺を見て涙をポロポロと流していた。