ヒロインになれない!

恭兄さまが、私の頭を自分の肩にもたれさせる。
……せっかく結い上げてもらった髪が乱れるけど、うれしいので目をつぶる。
賑やかな夜の街を車はすり抜けて、静かな住宅街の我が家へと滑り込んで駐まった。

静寂の中で、恭兄さまの小さな声が聞こえる。
……心地よい睡魔に誘われてほとんど寝落ちしかけてた私に恭兄さまが話しかけていた。

「いつの間にかあなたと帰るこの家が好きになってたよ。逃げ出したいぐらい嫌いだったのにね。」

そういえば私もはじめてココに来た時、淋しく感じたっけ。

「あなたの存在にどれだけ僕が救われたか……」

頬をそっと触れられ、私は目を開けた。

「以前あなたは、自分がヒロインになれなかった、って泣いてたのを覚えてる?」

……覚えてる。
てか、忘れられない。
和也先輩に電話でふられて、恭兄さまが告白してくれた夜。

「あの時僕は、あなたは僕のヒロインだって言ったんだけどね、ちょっと解釈が違ったんだよね。」

恭兄さまは恥ずかしそうにそう言った。

「ヒロインって、主人公の恋人とか恋愛対象って意味だと勘違いしてた。」

「……違うん?」

驚いてそう聞くと、恭兄さまは微笑んだ。

「正確にはね、ヒロインは女性主人公、女性の英雄、勇敢な女性、女傑、なんだって。だからね、最初からあなたはあなたの人生のヒロインなんだよ。」

恭兄さまはそう言って、私の目元にじわりとにじんだ涙に口づけた。

「誰かにとっての添え物になるんじゃなくて、もちろん僕のためでも、自分を殺すようなことはしちゃダメだからね。主体的に生きるんだよ。そんなあなたが僕は大好きなんだから。」
……恭兄さまの言葉はいつも私の心にまっすぐ届く。
そして、私に力を与えてくれる。

私は恭兄さまの首に両手を回して、額をくっつけて瞳を覗き込んだ。
あのね……

「自信のない卑屈な私をヒロインにしてくれたのは、恭兄さまやと思う。」

そう言ってから、ありがとうの気持ちを込めて恭兄さまの唇にそっと口づけた。
一旦離れた唇を追って、再び恭兄さまが私の唇を捉える。
そのまま……長く深いキスに酔いしれる。
深く、深く……。

遠慮して少し離れたところで待っていた碧生くんがくしゃみをするまで。