無言のまま開かれたドアの先に寝不足らしき男性が突っ立ていた。
「初めまして、僕は神倉 椋と言います。お話があって今日は伺いました。」
「あぁ…入って。」
「あっ…はい。」
椋が玄関に入ると、奥から赤ちゃんの泣き声が聞こえた。
「なんで?」
思わず亜弓の気持ちが溢れた。
「あぁ起きちゃったか…。」
そう言って奏太は頭を掻いた。
「大輝くんは亜弓さんの両親のところに行ったんじゃ?」
「えっ?あぁ…その予定だったんだけど、やっぱり違うかなって思って引き取ったんだ。」
「そうですか。」
通されたリビングには亜弓が生きていた時のままであろう空間がそこにはあった。
「久しぶりだ…。」
亜弓はそう言って部屋を見て回った。
「君は亜弓の知り合い?亜弓より若そうだけど…。」
「はい。中学3年になります。」
「そっ。あっコーヒーでいい?」
奏太は椅子から立ち上がり台所に入った。
「ありがとうございます。」
「で、話に来たって何?亜弓の事?」
「その前に一つ聞いてもいいですか?」
「なに?」
奏太はコーヒーカップを椋の前に置き、向かい合う形に座った。
「奏太さん、亜弓さんの事見えてませんか?」
「はぁぁぁぁ?」
椋の問い掛けに一番のリアクションを見せたのは亜弓だった。
「なんで?奏ちゃんがそんなわけないじゃない!出会ってから、一度もそんな事聞いたことないし、一度もそんな素振り見せた事もないもん!だから、椋くん、それはありえないよ!!」
「亜弓、ちょっと待っとけ。」
奏太は亜弓に手をかざし制した。
「奏ちゃん…マジで?」
「やっぱり…。」
奏太は溜息一つついて、椋に向き直った。
「なんで、わかった?」
「自分で気付いてないんですか?」
「だから、なに?」
「奏太さんの目線を時折、亜弓さんを見ていました。僕を家に入れた時も、久しぶりだと部屋を見て回った時も奏太さんは亜弓さんを見ていました。」
「そっか…。好きな女だからな…。」
「じゃどうして殴ったんですか?!」
椋は女性を殴る男は心底嫌いだった。
椋はテーブルを激しく殴った。
コーヒーカップがカタカタと音を立てた。
「毎日仕事から帰って来たら、泣いてるんだ。エレベーター出たら泣き声が聞こえて、近所のおばさんからはコソコソと悪口言われてて、毎日毎日毎日毎日…俺も頭がおかしくなりそうだった…。」
「だから、殴ったんですか?そんなの理由には…。」
「わかってる!そんな事駄目な事ってわかってた。けど、まさか亜弓が死ぬなんて思ってもみなかった!なぁなんで、お前死んだんだよ!?」
既に奏太の話し相手は椋ではなくなっていた。
「本当に私が見えてるの?」
「うん、ずっと見えてた…病院に着いた時大輝のそばに、お前いるんだもん。正直びっくりしたけど、それ以来見えなかったし…。」
「だって、奏ちゃんのこと避けてたから…。」
「なんで?」
「奏ちゃんには会いたくなかったの…私の事嫌いになっていく奏ちゃんをずっと見てるのが辛かった。」
「俺は亜弓の事嫌いにになってなんかない。嫌いになっていってたのは自分自身だった。何も出来ない自分が嫌でたまらなかった。帰って来て亜弓が寝てしまってて大輝が泣いてる時があったんだ…大声で泣いてるのに、亜弓は気づかず寝てた。そんなに疲れてるんだなって思った。だから、俺大輝を泣き止ませようって大輝を抱いたけど、もっと泣かすはめになった。あぁ大輝は俺が嫌いなのかなって思った。だから、亜弓が居なくなって育てる事出来ねぇって思ったんだ。でも、よく考えたら亜弓と俺の子供なんだよな。お前の忘形見になるんだなって…病院での亜弓思い出したら俺が育てなきゃいけないんだって思った。相変わらずよく泣くけど、今は大輝が何を願ってるのか少しはわかるようになったよ。亜弓…ごめんな。お前が死んだのは、俺のせいだよな。こうして、もっと話せばよかったんだよな。」
奏太は亜弓の頭を撫でた。
触れる事が出来なくても、亜弓はその手を掴んだ。
「奏ちゃん…亜弓の事好き?」
「当たり前だろ。いつか、ちゃんと、お前のところに行くから、それまで待っててくれよ。」
「うん。うん。」
亜弓の涙が奏太の手に伝わる。
「亜弓…。」
椋はそっと二人に背中を向けた。
奏太は優しく亜弓を抱きしめキスをした。
「奏ちゃん…泣かないで。」
「亜弓…誕生日おめでとう。」
「そっか、私の誕生日だった…ありがとう、奏ちゃん。」
亜弓は立ち上がると、気持ちよさそうに眠る大輝のそばに行った。
「大輝…。」
亜弓は小さな小さな手を掴んだ。
「パパをあんまり困らせないでね。」
大輝は静かに目を開けると亜弓を見た。
「こいつも見えてるんだな。」
「そうみたい。」
もうすぐ別れが来る事を感じさせない程の愛に溢れていた。
「奏ちゃん…私そろそろ行くね。」
「亜弓…。」
「大輝の事お願いね。」
「うん。」
少しずつ、亜弓の体が光に包まれて行く。
「それと、早く良い人見つけて幸せになってね。」
その言葉を最後に完全に亜弓の姿は見えなくなった。
消えて居なくなった亜弓の姿を探すように大輝の小さな手が空を切った。
「じゃ、僕は帰ります。」
「本当に帰るのか?メシ食べていけばいいのに…。」
「いえ、母親が待ってますので、失礼します。」
「そっか…亜弓の事ありがとう。」
「いえ。…奏太さん。」
「ん?」
「どうか、幸せになってください。」
亜弓の最後の言葉を思い出していた。
「うん。こいつと幸せになるよ。」
奏太の腕の中には幸せそうに眠る大輝がいる。
「はい。じゃ…。」
「うん。気をつけて…。」
マンションを出ると小雨が降り出していた。
椋は足早に家路に着いた。
「初めまして、僕は神倉 椋と言います。お話があって今日は伺いました。」
「あぁ…入って。」
「あっ…はい。」
椋が玄関に入ると、奥から赤ちゃんの泣き声が聞こえた。
「なんで?」
思わず亜弓の気持ちが溢れた。
「あぁ起きちゃったか…。」
そう言って奏太は頭を掻いた。
「大輝くんは亜弓さんの両親のところに行ったんじゃ?」
「えっ?あぁ…その予定だったんだけど、やっぱり違うかなって思って引き取ったんだ。」
「そうですか。」
通されたリビングには亜弓が生きていた時のままであろう空間がそこにはあった。
「久しぶりだ…。」
亜弓はそう言って部屋を見て回った。
「君は亜弓の知り合い?亜弓より若そうだけど…。」
「はい。中学3年になります。」
「そっ。あっコーヒーでいい?」
奏太は椅子から立ち上がり台所に入った。
「ありがとうございます。」
「で、話に来たって何?亜弓の事?」
「その前に一つ聞いてもいいですか?」
「なに?」
奏太はコーヒーカップを椋の前に置き、向かい合う形に座った。
「奏太さん、亜弓さんの事見えてませんか?」
「はぁぁぁぁ?」
椋の問い掛けに一番のリアクションを見せたのは亜弓だった。
「なんで?奏ちゃんがそんなわけないじゃない!出会ってから、一度もそんな事聞いたことないし、一度もそんな素振り見せた事もないもん!だから、椋くん、それはありえないよ!!」
「亜弓、ちょっと待っとけ。」
奏太は亜弓に手をかざし制した。
「奏ちゃん…マジで?」
「やっぱり…。」
奏太は溜息一つついて、椋に向き直った。
「なんで、わかった?」
「自分で気付いてないんですか?」
「だから、なに?」
「奏太さんの目線を時折、亜弓さんを見ていました。僕を家に入れた時も、久しぶりだと部屋を見て回った時も奏太さんは亜弓さんを見ていました。」
「そっか…。好きな女だからな…。」
「じゃどうして殴ったんですか?!」
椋は女性を殴る男は心底嫌いだった。
椋はテーブルを激しく殴った。
コーヒーカップがカタカタと音を立てた。
「毎日仕事から帰って来たら、泣いてるんだ。エレベーター出たら泣き声が聞こえて、近所のおばさんからはコソコソと悪口言われてて、毎日毎日毎日毎日…俺も頭がおかしくなりそうだった…。」
「だから、殴ったんですか?そんなの理由には…。」
「わかってる!そんな事駄目な事ってわかってた。けど、まさか亜弓が死ぬなんて思ってもみなかった!なぁなんで、お前死んだんだよ!?」
既に奏太の話し相手は椋ではなくなっていた。
「本当に私が見えてるの?」
「うん、ずっと見えてた…病院に着いた時大輝のそばに、お前いるんだもん。正直びっくりしたけど、それ以来見えなかったし…。」
「だって、奏ちゃんのこと避けてたから…。」
「なんで?」
「奏ちゃんには会いたくなかったの…私の事嫌いになっていく奏ちゃんをずっと見てるのが辛かった。」
「俺は亜弓の事嫌いにになってなんかない。嫌いになっていってたのは自分自身だった。何も出来ない自分が嫌でたまらなかった。帰って来て亜弓が寝てしまってて大輝が泣いてる時があったんだ…大声で泣いてるのに、亜弓は気づかず寝てた。そんなに疲れてるんだなって思った。だから、俺大輝を泣き止ませようって大輝を抱いたけど、もっと泣かすはめになった。あぁ大輝は俺が嫌いなのかなって思った。だから、亜弓が居なくなって育てる事出来ねぇって思ったんだ。でも、よく考えたら亜弓と俺の子供なんだよな。お前の忘形見になるんだなって…病院での亜弓思い出したら俺が育てなきゃいけないんだって思った。相変わらずよく泣くけど、今は大輝が何を願ってるのか少しはわかるようになったよ。亜弓…ごめんな。お前が死んだのは、俺のせいだよな。こうして、もっと話せばよかったんだよな。」
奏太は亜弓の頭を撫でた。
触れる事が出来なくても、亜弓はその手を掴んだ。
「奏ちゃん…亜弓の事好き?」
「当たり前だろ。いつか、ちゃんと、お前のところに行くから、それまで待っててくれよ。」
「うん。うん。」
亜弓の涙が奏太の手に伝わる。
「亜弓…。」
椋はそっと二人に背中を向けた。
奏太は優しく亜弓を抱きしめキスをした。
「奏ちゃん…泣かないで。」
「亜弓…誕生日おめでとう。」
「そっか、私の誕生日だった…ありがとう、奏ちゃん。」
亜弓は立ち上がると、気持ちよさそうに眠る大輝のそばに行った。
「大輝…。」
亜弓は小さな小さな手を掴んだ。
「パパをあんまり困らせないでね。」
大輝は静かに目を開けると亜弓を見た。
「こいつも見えてるんだな。」
「そうみたい。」
もうすぐ別れが来る事を感じさせない程の愛に溢れていた。
「奏ちゃん…私そろそろ行くね。」
「亜弓…。」
「大輝の事お願いね。」
「うん。」
少しずつ、亜弓の体が光に包まれて行く。
「それと、早く良い人見つけて幸せになってね。」
その言葉を最後に完全に亜弓の姿は見えなくなった。
消えて居なくなった亜弓の姿を探すように大輝の小さな手が空を切った。
「じゃ、僕は帰ります。」
「本当に帰るのか?メシ食べていけばいいのに…。」
「いえ、母親が待ってますので、失礼します。」
「そっか…亜弓の事ありがとう。」
「いえ。…奏太さん。」
「ん?」
「どうか、幸せになってください。」
亜弓の最後の言葉を思い出していた。
「うん。こいつと幸せになるよ。」
奏太の腕の中には幸せそうに眠る大輝がいる。
「はい。じゃ…。」
「うん。気をつけて…。」
マンションを出ると小雨が降り出していた。
椋は足早に家路に着いた。


