「じゃ亜弓さんの未練は、大輝くんだったんですか?」
「そう…あの子の事が気になってた。」
「それでどうなったんです?」
大輝くんに着いて行った、あの後の事が知りたかった。
「病院に着いてから、すぐにお互いの両親とあの人が来たわ。私の両親は泣き叫ぶし、向こうの両親は怒り狂ってるみたいだった。でも、そんな中でもあの人は他人事の様な冷たい目で何処を見てるでもない目でボーッとしてた。私の両親が、あの人に詰め寄ると、子供は面倒なんで、そっちで育てて下さい。って言ったの…ね、悪い人でしょ!?」
亜弓はクスッと笑った。
「でも、そう言ってくれて内心ホッとしたの。あぁあの人の所で大輝は大きくならなくていいんだって。自分の親なら安心だって…。」
「じゃそれが亜弓さんの未練ではないって事ですね。」
「えっなんで?私それしか思い当たる事ないんだけど…。」
「もし大輝くんが亜弓さんのこの世に残した未練だとしたら、今言ってた通り解決したことになりますよね?!」
「そうね…本気で安心だって思ったもん。」
「じゃ何故まだここに居るんです?」
「…それは……わかんない。」
「他にも未練があるんですよ。本当の未練が…。」
「本当の未練…。」
「それがわかって亜弓さんが天国に行ける時まで、僕は付き合います。なので、ゆっくりでいいから思い出してください。幾つも想いが浮かんだら、その都度確かめていけばいいんです。」
「椋くんっていつも、こんな事してんの?」
「たまにです。」
「そっか、人…幽霊助けしてんのね。」
「はい。そうなりますね。」
「じゃ…よろしくお願いします。」
亜弓は正座をして深く頭を下げた。
「はい。僕なりに頑張ります。」
椋もまた頭を下げた。

それから椋は亜弓が思いつく限りの未練を試してみた。
椋が学校に行ってる間、亜弓は息子である大輝のそばで過ごし、学校が終わると校門で椋を待ち一緒に帰った。
好きだった音楽を聴いたり、好きだったドラマを見たり、好きだったオシャレもしてみた。
けれど、どれも違い椋は的はずれの様な気分だった。
「あの〜亜弓さん…。」
音楽を聴いて椋の漫画を読んでる亜弓に声をかけた。
「ん?なに?」
「なんで、寛いでるんですか?」
横になって漫画を読んでる亜弓は座って椋を見た。
「なんでって…これ面白いよ。」
読んでいた漫画を指差し笑った。
「知ってますよ。僕の漫画ですもん。」
「そっか!」
「そうじゃなくて…そんな事してても成仏できません。ちゃんと心当たり考えてください!」
「そんな事言ったって…。」
亜弓は頬を膨らませ拗ねてみせた。
「そんな顔しても僕には、何の効果もないですよ。」
「チェッ…可愛くない奴…。」
「亜弓さんに可愛いと思われなくても僕の人生に何の支障もありません。」
「なによ…!!」
「亜弓さんが今までして来た事は、なんかどれも的はずれの様な気がします。…わざとですよね?」
「……………。」
「僕の事中学生のガキだと思って騙せるとでも思いましたか?ガキでもこの経験上は僕の方が先輩です。経験が違います。亜弓さん、本当は自分でも未練の正体をわかってますよね?それを認めたくないだけなんじゃないですか?」
「うるさいっ!ガキのくせにっ!」
「では、そのガキから言わせていただきます。亜弓さんの未練は音楽でも、ドラマでも、漫画でも、大輝くんでもない。真っ直ぐにその想いは旦那さんに向いてますよね?」
亜弓は立ち上がり部屋を出て行こうとした。
「出て行ってくれても構いません。ですが、亜弓さんの未練がある以上僕のところに、結局戻って来ます。そうなってるんです。僕の方が先輩なので、それは確かですよ。」
椋はいつもより少し意地悪な言い方をした。
「あんた、そんなんじゃ友達居ないでしょ!?」
亜弓の言葉は精一杯の抵抗にも思えた。
「数多くはありませんが、こんな奴でも好意を持って友達をしてくれる奴はいてます。」
「あっそ。」
亜弓はドアノブのかけてた手を引っ込めた。
「なんで、私の未練が旦那だと思ったの?」
亜弓は振り返ると椋に聞いてきた。
「確信はありませんでした。此処に来た時病院での事、話してくれましたよね?あの時旦那さんの事悪い人でしょって言って、亜弓さんは少し笑いました。けれど、その笑みは憎しみじゃなく哀しみの様に僕は思ったんです。なので少々失礼かと思いましたがカマをかけさせていただきました。」
「私、自爆したんだ…。あの人…私が高校2年の時にバイト先に来たお客さんだったの。ファミレスで働いてたんだけど、夏休みの時、昼間に来るお客さんでね。背広来てパソコン片手にお昼食べた後はドリンクバーだけで2時間ぐらい居る人だった。で、3時ぐらいになったら帰って行くの。当時彼は25歳で高校生の私からすれば、すっごい大人でカッコよかったの。お客さんが少ない時とか会計の時とか少しずつ話すようになって、夏休み最後のバイトの日、デートに誘われたの。それから付き合うようになって、全てが初めてだった。誰かを愛したのも愛されたのも…。でも、少しずつ心がずれていちゃって、もう別れたほうがいいのかなって思ってたら大輝が出来て…。大輝のせいなんて思ってないよ。あぁ大輝が別れちゃいけないって言ってくれたのかなって思ったんだけど…な。」
「未練は旦那さんにあるんですね?」
「うん、私の事本当はどうだったのか知りたかった。本当にもう好きじゃなかったのか…でも、聞くのも怖くて…。」
「じゃ聞きに行きましょう!居場所はどこかわかってますよね?」
「うん。まだあのマンションに住んでた。」
「じゃ行きましょう。」
椋は亜弓の手を引いた。
「母さん、ちょっと出てくる。」
「なに?もうすぐ御飯だけど!?」
台所から、ひょっこり顔を出して母親が言った。
「う〜んと、本屋行ってくる。ちょっと気になった問題があったんだ。」
「そう、早く帰ってくんのよ!」
「うん、わかった。」
椋は亜弓と一緒に、初めて亜弓と出会った場所の前まで来た。
「何階ですか?」
「6階…でも、なんて言うの?まさか、私が居ますなんて言わないよね?」
エレベーターに乗り込むと6階のボタンを押した。
「勘がいいですね。言いますよ。言わなきゃ話になりませんからね。」
「言わなくてもなんとかなるんじゃないの?」
「なりません。そもそも僕の存在自体、不信感が湧くのに、嘘ついても仕方がないじゃないですか。」
「そうかもしれないけど、奏ちゃんそんなの信じないもん。」
「そうちゃん?」
「旦那の名前!奏太って言うの!そんな事より…。」
エレベーターが階層についたのを告げた。
「そんな事より6階、着きましたよ。」
亜弓は一人で慌てている事に気付き、落ち着こうと思った。
「何号室ですか?」
「左に行って5番目…。」
「立派なマンションですね。」
「奏ちゃんが買ったの…どうせなら、買ってしまおうって。」
「そうですか。」
二人は家の前で止まった。
「じゃ押しますよ。」
「うん。」
椋はインターホンを押した。