翌朝、中野大先生に研究のご相談をしようとしたら、松尾先生に追い出された。

「そんなこと、いつでもできるでしょ!まずは上総(かずさ)丈を何とかしてらっしゃい!ほら、行った行った!」

さあ、どうしよう。
入り待ちには、たぶん間に合わないだろう。
楽屋を訪ねる……しかないのかな。
ああ、気が重い。
今月は、蓬莱屋の大旦那も出てらしたはず。
顔、合わせたくないな。

イロイロ考えて、祇園のおかあさんを訪ねることにした。
上総んの情報を何か得られるかもしれない。
……責められるかもしれないけど、それも含めて、お会いしてお話をうかがいたい気がした。

市バスで移動して、お茶屋さんに到着したのは、10時過ぎ。
「ごめんくださ~い。学美(まなみ)です。おかあさ~ん。」
玄関を開けて、そう声をかけた。

奥から出てきたおかあさんは、私を見て目を丸くしていた。
「まあ……学美ちゃん……もう、会えへんやろと思てました。よぉ、来てくれましたなあ。さ、どうぞ。お上がりやす。」
歓迎されてるのか、嫌味を言われてるのか、よくわからない。
おかあさんご自身も複雑な心境なのかもしれない。

「今日は、どうしはりましたんえ?律儀に、うちにもお別れの挨拶にでも来はったんどすか?」
……口調は静かだけど、毒を感じる。

「いえ。上総んの状況を把握したくて、参りました。」
お茶も出す気のないらしいおかあさんに対し、私本来の好戦的な「負けるもんか!」が発動した。

「へえ?そんな必要、もうないんでしょう?何のために?」
「おこがましいですが、上総んの力になりたいと思って参りました。」
おかあさんの顔があからさまにこわばった。
「今更、なんですか?同情?……かず坊の為を想うなら、中途半端な気持ちで近づかんといてほしいんやけど。」

ため息が漏れた。
「中途半端な気持ちなら、おかあさんを訪ねて来ません。」
そう言って、じっとおかあさんを見つめた。

おかあさんもまた、無言で私を凝視していた。
全てを見透かすような深い瞳。
この、酸いも甘いもかみ分けて来たヒトの目に、私はどう映ってるんだろうか。
強がっても、取り繕っても、通用しない気がする。
「医師に、共依存と言われました。最初から、上総んにふさわしいヒトができたら身を引くつもりだったのに……」
私がそう言うと、おかあさんはため息をついた。

「蓬莱屋さんから聞きました。せやけど、あんた、極端過ぎひんか?なんで、独りで決めてるん。」
そこまで言ってから、おかあさんは、ふと思い出したらしい。
「そうゆうたら、学美ちゃんて、そんな子やったなぁ。借り物の着物を汚さんために脱水症状起こすまで我慢する子ぉやったな。」
おかあさんの口元が緩み、笑い声が漏れてきた。
「……忘れてましたわ。そうやね。蓬莱屋さんも、学美ちゃんも、かず坊のためを思っての行動でしたわ。でもなあ、どっちもありがた迷惑ですわ。自己満足や。」

笑顔で心臓に楔(くさび)を打ち込まれた。
思わず、胸を押さえた。