オフィスのくすり

「それでなんで今、飛ばされるんだ?」

「私が結婚したあと、私を車で轢き殺しかけたのが、上司にばれちゃってね。

 表沙汰にはなってないけど、それで」

「そりゃあ、和泉もかわいそうに」

 待て待て待て、と井上を見上げる。

「殺されかけた私は可哀想じゃないわけ?」

「死んでないじゃないか。

 和泉って、新入社員歓迎の花見でしか話したことないけど。

 可愛い顔した、気の弱そうな奴だったなあ。

 ほんとに轢き殺すとかできないよ、あれは。

 ま、パフォーマンスだったにしても、そこまでするほど、追い詰められてたわけだろ?

 要するに、年上のおねーさまに弄ばれて捨てられて、部署まで変わらされた哀れな奴ってことじゃないか」

「あんたには同期を庇おうって気はないの……?」

 っていうか、と肩を竦めて見せる。

「私は、人を弄んで捨てるほど器用じゃないわよ。

 器用なら、離婚もしないまま、たまに旦那のとこ覗いては喧嘩して帰ってきたりしない」

「喧嘩じゃなくて、一方的にまくし立てて、腹立てて帰ってきてんだろ」
と彼は笑う。

「よくおわかりで」

「そりゃあ、よく見てたからな。
 おいおい、また来たぞ」

 音を立て始めたFAXを井上は楽しげに覗き込む。