オフィスのくすり

「だって、井上くん、今、中国じゃないの?」

 同期の中でも出世頭の井上は、濃いめの整った顔で、入社当初は人気があったが、押しの強い性格に引く人間も居て、その後は微妙。

 付き合いのある会社の女性と結婚していたが、中国支社に転勤になるときに離婚した、という噂だった。

 結婚したという話はお祝いのこともあるし、社内で回覧が回されるので確実だが、離婚したという話は、密やかに語られるので、真実かどうか、よくわからないことも多い。

「仕事で一旦戻ってきたんだ。

 それにしても、いきなり霊とかいう言葉が飛び出すとは、変わったな。

 そういうの嫌いだったろう?」

 そこで名字で呼びかけ、止めた。

 結婚したことを思い出したらしい。

「……今の名前、なんだったか?」

「覚えなくていいわ。
 仕事では使ってないし。

 この先もその名前で居る自信ないから」

「同期から祝い金ふんだくっといて、もう離婚か」

「あんたに言われたくないんだけど」

 マイペースな井上はその言葉を流し、
「確か、学生時代に付き合ってた奴が、よく霊現象を巻き起こしてくれてたんで、そういうの嫌いだって言ってなかったか?」
と言う。

「その人と結婚したのよ……」