「そんな事ぐらいで?」

「うん」

「じゃあ、今度から俺って言いますね、俺」

「ああ、いいわあ。キュンキュンしちゃう」


 マジですか?

 チーフがキュンキュンしちゃうとか、そっちの方がよっぽどギャップだと思うな。もし高橋さんに言ったら、きっとびっくりするだろうなあ。


「私ね、一度だけあなたに好きって言ったのよ?」

「えっ? それっていつですか?」


 全然記憶にない。そんな大事な事、忘れるはずないけどなあ……って、そうか!


「もしかして、あの夜ですか?」

「ピンポーン」


 そうか、そうだったのか。チーフが俺に言い、忘れてほしいと後から言い、しかし俺は憶えてなかったチーフが俺に言った言葉って、それだったんだ……


「酔った勢いもあったけど、すごく勇気出したのよ? それなのにあなたったら、憶えてないんだもの。ホッとするやら、ガッカリするやら、大変だったわよ……」


 そう言えば、あの翌日のチーフ、テンションが変だったもんなあ。


「すみませんでした」

「それはそうと、あなたはどうなの?」

「はい?」

「私の事、どう思ってるの?」


 チーフの顔を覗き込むと、真剣なようでもあり、ふざけてるようでもあり……


「知ってて言ってますよね?」

「さあ、どうかしら。私も天然だから、はっきり言ってくれないとわからないかなあ……」


 とか言って、チーフはニッと笑った。やっぱり知ってて言ってるな、この人は……


「わかりました、言います。チーフ……」

「ちょっと待って。その“チーフ”ってやめてくれない?」

「どうしてですか? チーフはチーフですよね?」

「仕事中みたいでイヤなの。二人の時ぐらい、名前で呼んでほしいな。私の名前、知ってる?」

「知ってますよ。当たり前じゃないですか……」


 でもなあ。俺の中では“チーフ”もしくは“齋藤チーフ”でイメージが固まってるんだよな。確かチーフがチーフになる前は、“齋藤さん”って呼んでたはずだけどね。要は慣れの問題かな。


「齋藤さん」

「ちょっと……それはないでしょ?」

「冗談です。でも、ちょっと待ってください」


 俺は深呼吸をひとつして、腹に力を入れた。チーフが素直に告白してくれたんだから、俺もきちんと伝えたい。俺の気持ちを……


「真奈美さん。正直、この気持ちに気付いたのは最近です。でも思いました。俺は、ずーっと前から真奈美さんの事が好きなんだって。真奈美さんが美樹本さんと不倫してると聞いた時、勘違いだったわけですが、苦しくて胸が張り裂けそうでした。俺は真奈美さんが大好きです。愛してます!」