「けど、何ですか?」


 俺は嫌な予感がしつつも、聞いてみた。内心、ドキドキしながら。


「前に美鈴と飲みに行ったのね。その時、お互いに好きな人は誰、みたいな話になって、私は本当の事が言えなかった。美鈴とは仲が良いのだけど、あの子、あまり口が堅い方じゃないから……」


 それは遠慮した言い方で、俺ははっきり口が軽いと思う。あの人。


「それで、苦し紛れに美樹本さんって……」

「言ったんですか?」

「うん」

「本当に苦し紛れですか?」

「当たり前でしょ? 美樹本さんが恋愛の対象になるわけないじゃん。私にとってあの人は頼れる上司で、それ以上でもそれ以下でもないわ。時々相談に乗ってもらったりはするけど」


 ああ、良かった……

 ん? 美樹本さんに、相談……!?


「チーフ。あれも相談だったんですか?」

「あれって?」

「いつだったか、夜、荷物用エレベーターの前で、チーフとあの人が話してるのを、俺は盗み聞きしたんです」

「そんな事したの?」


 いけねえ。堂々と暴露してしまった。


「つい、出来心で……。あの時、チーフが“好きなんです”って言ったのは、美樹本さんの事じゃなかったんですか?」

「そんなわけないでしょ?」

「じゃあ、誰の事ですか? 田中さんに言えなかった本当の好きな人と同じですか?」


 俺は体を前に乗り出し、チーフに迫るようにして言った。


「佐伯君。それ、わざと?」

「はあ?」

「意地悪で言ってない?」

「違いますよ。本当に知らないんで、教えてほしいです。チーフが本当は誰を好きなのか……」

「もう、天然なんだから……」


 また言われた。俺って、そんなに天然なのかなあ。