クールな女上司の秘密

 いやいや、真に受けてはダメだ。チーフはおそらく、顔で笑って心で泣いているのだと思う。今までもそうやって、報われない恋に耐えて来たのだろう。ただし、俺はチーフが笑うのを、あまり見た事ないんだけども。


「ねえ。さっきから急に黙り込んでどうしたの? 考えごと?」


 チーフはニコッと微笑みながら、首をちょこっと傾けた。チーフのこんな仕種、初めて見たかも。もう、なんて可愛いんだろう。反則ですよ、それ……

 いや、騙されちゃいけない。チーフは、心では泣いてるに違いないんだから。


「つまんないから、何か喋って? ね?」


 うっ。強烈だなあ、今の攻撃。心臓を鷲掴みされたみたいだ。やっぱ、心でも泣いてないな、今のチーフ。


「えっと……」

「うんうん」

「会社を出る時、佐藤さんが……」


 あ、しまった。気になってる事をチーフに聞いてみようと思ったのだが、“会社”というワードは今のチーフにとってNGだと思う。それをうっかり口にしてしまったのだが……


「佐藤さんがどうしたの?」


 チーフは全然平気な顔をしている。しかも笑顔のままだ。チーフって、実は見た目通り強い人だったのかな。という事は、悔しいが美樹本さんが正解か?


「ねえってば……」

「あ、すみません。佐藤さんが僕に言ったんです。チーフが倒れたのは自分のせいかもしれないって。しかも涙ぐんでたんです。あの佐藤さんが。どういう事なんでしょうね?」

「ああ、そうなんだあ。あの子のせいじゃないのにね」

「はい。チーフが倒れたのは、お腹が空いてたからですもんね?」

「うるさいわね……。でも、そうかあ。佐藤さんって、見かけで損してるけど、本当は優しくて繊細な子だから、可哀想だなあ」

「佐藤さんがですか? そうかなあ」


 あの佐藤さんが優しくて繊細って、正直俺には信じられない。それに、可哀想ってどういう事だろう。


「あなたも誤解してるでしょ? 佐藤さんの事」


 誤解、なのかなあ。


「佐藤さんと私で、部長やみんなに謝罪したから、それであの子、責任を感じてるんだと思う。あなたはいなかったけど」


 なるほど。俺が飯に行ってる間、職場でそういう事があったのか。だが待てよ。謝罪したのはたぶんチーフと美樹本さんの不倫騒動の件だと思うが、なぜ佐藤さんが一緒なんだ? 彼女は関係ないのでは……


「美樹本さんは、たぶん平気なんだろうけど……」


 不意にチーフの口から美樹本さんの名前が飛び出し、俺はドキッとした。その名前こそ、NGワードの最たるものじゃないのか?