クールな女上司の秘密

「食べれば治るから。お願い、家に帰らせて?」


 そんな可愛く言われたら、抗うなんて出来るわけもなく、


「あの、運転手さん。すみませんが行き先を変更してください。えっと……」


 俺はタクシーの運転手さんに、病院ではなくチーフのアパートへ行ってもらうよう頼んだ。


「チーフ、帰ったら何が食べたいですか?」

「…………」


 チーフの返事がなく、顔を覗き込んだら、チーフは静かな息をして眠っていた。そして、気のせいかもしれないが、少し微笑んでいるように見えた。よほど病院が嫌だったんだろうな。

 もう汗も収まっていて、金曜の時より症状は軽いようだ。

 チーフのアパートに行ったら、俺が料理をして食べさせてあげようと思うが、どんな料理を作ろうかな。っていうか、した事もない俺でも、料理って出来るんだろうか……



 しばらく走り、タクシーはチーフのアパートに着いた。


「チーフ、着きましたよ」


 と声を掛けると、チーフは驚いたようにムクッと体を起こした。少しだが眠った事で、だいぶ良くなったようだ。


「ごめんなさい。いつの間にか私、寝てたのね……」


 タクシーを降り、再びチーフを抱き上げようと俺は腰を屈めたのだが、


「大丈夫。自分で歩けるから……」


 とチーフは言った。ところが、わずか2〜3歩でチーフはよろけ、すかさず俺は彼女の細い体を支えた。


「よろけちゃった」

「食べてないからじゃないですか?」

「そうかも」

「これを持ってもらえますか?」


 俺はチーフに上着とかを持ってもらい、空いた手を彼女の膝の裏に当てると、ひょいという感じで抱き上げた。我ながら、お姫様だっこはかなり上達したと思う。


「ちょっと、私を抱いて階段は無理だって……」

「見くびらないでください。こう見えても俺は男ですから」

「そうなの?」

「そうですよ。知らなかったんですか? こんな階段なんか、楽勝ですよ」


 とは言ったものの、やはりチーフを抱いて階段を上がるのは結構きつかった。やせ我慢して頑張ったけども。

 その間チーフは、晩秋の優しい陽射しを顔に受け、俺を向いて微笑んでいた。陽射しのそれに負けないぐらい穏やかで優しい、超レアな笑顔だった。