そろそろ出掛ける時間と思い、斜向かいに座るチーフに目をやると、彼女と目が合ってしまった。


「あの、そろそろ……」

「行きましょう」

「あ、はい」


 いつもの事ではあるが、チーフは言葉が少ない。しかも滅多な事では表情を変えず、要するにクールだ。しかし……

 今のチーフの態度はいつもと少し違うような気がした。あまり俺と目を合わせようとしないのはいつも通りだが、それがいつにも増して極端だったように思う。つまり、フンという感じで顔を背けたように見えたのだ。


 やはり、チーフも昨夜の事を気にしているんだろうな。


 社を出た俺とチーフは、無言で歩いて地下鉄に乗った。行き先はある大手の出版社で、うちの会社が開発したシステムを使ってくれているお客様だ。やや規模の大きなシステムの改変をする事になり、チーフと俺が担当になり、何度か足を運んで要件定義を詰めているところだ。


 さて、昨夜の話はいつ、どこでしようかなあ。


 歩きながらする話とは思えず、周りに人がいて、意外に騒音がうるさい地下鉄の中で話す気にもなれず、時間はたっぷりあると思っていたが、意外に難しい事に気が付いた。