クールな女上司の秘密

「全独身男性の憧れの的である齊藤真奈美を、佐伯のバカがかっさらったって、おまえ、みんなに恨まれてるぞ。ちなみに俺もだけど」

「何言ってるんですか。高橋さんには奥さんがいるじゃないですか」

「まあ、そうだけどよ。夢ぐらい見たっていいだろ?」

「ダメです!」


 一瞬だが、高橋さんの顔が美樹本さんに見え、つい俺は怒鳴ってしまった。


「すみません。でも、チーフってそんなに人気があるんですか?」

「当たり前だろ。おまえ、知らなかったの?」

「はあ……」

「佐伯ちゃん、あんたもね」

「またまた、冗談ばっかり……」


 俺はさておき、チーフがそんなに人気者とは知らなかった。もっとも、あれだけの美貌で仕事も出来るのだから、当然と言えば当然なわけで、これは何か考えないとダメかもだな。


 考えた末に、俺はある秘策を胸に、チーフが戻るのを待った。そしてチーフが戻るやいなや、立ち上がってチーフの側へ行き、彼女の華奢な腕を掴んだ。


「ど、どうしたの?」

「話があるので、来てください」


 俺はいぶかるチーフを引っ張るようにし、荷物用エレベーターの前へ行った。そこは、以前チーフと美樹本さんが密会していた場所で、よい印象はなかったが、他に適当な場所がないので我慢した。


「チーフと僕が、社内中の噂になってるって、知ってましたか?」

「知ってるわよ。社内中というのは大げさだと思うけど」

「僕もそう思いますけど、噂になってるのは事実なんですよね。チーフは気にしてないんですか?」

「そうね……あまり気にしてないかな。ただの噂だから。あなたは気にするの?」

「僕もあんまりですけど、ただ、もしチーフに危害が加わると困るかなと……」

「それこそ大げさじゃない?」

「いやいや、用心に越した事はないですよ」

「そう? じゃあ、一緒に帰るのはやめる?」

「まさか。僕、考えたんですけど……」


 俺は秘策をチーフに告げた。それは、会社を出る時は別々で、地下鉄の駅で落ち合うというものだった。秘策というほどのものではないが、効果はあると思う。チーフはそれを素直に承諾してくれた。


「ねえ、佐伯君」


 職場に戻ろうとしたら、今度はチーフが俺の腕を掴んだ。


「はい?」

「いつまで続けるの?」

「それは……」


 それはもちろん、チーフが美樹本さんを諦めるまでだが、それを言うわけにも行かず、


「いつまででしょうね」

 と言って愛想笑いを浮かべたのだが……


「私……あなたの気持ちがわからない」


 そう言ってチーフは俺を見つめたかと思うと、走るようにして行ってしまった。

 その時、チーフの目が潤んだように見えたのは、俺の思い過ごしだろうか。


 チーフ。俺もあなたの気持ちが、わからないです。