チーフは大きなドラッグストアへ入って行った。そこで買い物をするらしい。慣れた仕草でチーフは買い物カゴを持ち、すかさず俺は手を伸ばした。


「僕が持ちます」

「いいえ、結構」


 断られてしまった。ふてくされながら後ろを付いて行くと、チーフは真っ直ぐ食材コーナーへ行き、次々と品物をカゴに入れていった。何かの魚のパック、玉子、野菜、果物などなど。


「チーフって自炊してるんですか?」

「そうよ?」

「偉いですね。僕なんか、外食かコンビニ弁当ですよ」


 と俺が言うと、なぜかチーフは不思議そうな顔をした。そして、


「お料理はしない子なの?」


 と言った。

 俺は“子”と言われた事がショックだった。つまり、子ども扱いされた事が。確かにチーフより4つ下ではあるが、それはないと思う。


「料理は出来ない“男”です」


 ムッとしながら答えると、チーフはなぜかポカンとし、その隙に俺はチーフの手から買い物カゴをひったくった。


「あっ」

「買い物を続けましょう」

「う、うん」


 更に牛乳やミネラルウォーターなんかも買い、結構重くなった。レジを済ませ、買い物袋に入れた後も当然ながら俺が持った。


「すぐ近くだから大丈夫なのに……」


 とチーフが抗議した通り、すぐにチーフのアパートに着いてしまった。それは2階建てで、白っぽい壁が眩しいくらいの真新しいアパートだった。


「ありがとう」

 と言ってチーフは買い物袋に手を伸ばしたが、俺はそれを無視した。


「チーフの部屋は2階ですか?」

「う、うん」

「行きましょう」


 戸惑った様子のチーフに続き階段を上がると、3つ目のドアに“齊藤”の文字があった。

 ここか。ああ、中に入りたいなあ……

 そんな欲求を俺は無理矢理押さえ込み、


「お疲れ様でした」

 と言って買い物袋を差し出すと、

「うん、お疲れ……」

 と、チーフはか細い声で答えた。その顔が泣きそうに見えたのは、たぶん俺の思い過ごしだろう。


 チーフに背を向け歩き出してから、ふと大事な事を思い出して俺は足を止めた。


「チーフ」

「な、なに?」

「明日から毎日送りますから」


 これは、“もう美樹本さんと密会は出来ませんよ”という意味を込めた予告だ。


「……えっ?」

「おやすみなさい!」

「ちょっ、佐伯君……」


 チーフは俺に抗議したかったようだが、俺はさっさと背を向け、階段を駆けるようにして降りた。


 2階を見上げ、仕方なくという感じでチーフが部屋に入るのを見届けると、俺は一人駅に向かった。

 急に夜風が冷たく感じ、そろそろコートが必要かな、なんて思いながら……