「おいおい、嘘じゃないって。なんなら、さ……いや、彼女に聞いてみたらどうだ? たしか君達の席は隣同士だったよな?」


 この人、うっかりチーフの名前を言おうとしたな。しかも、席は斜め前だし。バーカ。

 俺が盗み聞きした事は言いたくないし、何か他にうまい攻め手はないだろうか。うーん、あ、そうか。


「もし相手が妊娠したらどうするんですか? 困りますよね、お互いに。さすがに奥さんだって平気ではいられないでしょ?」

 “どうよ?”って感じで俺は胸を張って指摘したのだが、


「それはない。パイプカットしてるから」

「うっ…… か、会社はどうなんですか? 会社にバレて、大事なキャリアに傷が付いたらどうするんですか?」


 今度こそ美樹本さんはギャフンと言うだろうと思ったのだが……


「キャリア? そんなものに興味はないね。仮に上層部がそんな事で不当に評価をするなら、そんな会社はこっちから願い下げだ」


 う、負けた。しかも、カッコいいと思ってしまった。


「なぜ君がそんなにムキになるのか解らないが、説得する相手を間違えたな?」

「え?」

「私から誘った事は一度もないんだよ。つまり、向こうから誘ってこなければ、私と彼女の関係は終わる。だから、そんなにやめさせたいなら、彼女を説得すればいい」


 な、なるほど……


「という事で、話は終わりでいいかな?」

「はい」

「次は楽しい話をしたいものだな。酒でも飲みながら」

「そ、そうですね」


 美樹本さんは立ち上がって俺に背を向け、ドアを開けかけたのだが、ふとその手を止め、俺を振り返った。


「佐伯君」

「あ、はい」

「他人の事より、自分はどうなんだ?」

「はい?」

「恋人がいるなら、そろそろ身を固めるとか、考えてないのか?」

「はあ?」

「その煮え切らない態度が、どれだけ女を泣かせているか、わかってるのか?」

「あの、おっしゃる意味がさっぱり解りません」

「無自覚も、過ぎると罪だな」

「はあ? ちょっと、美樹本さん……」


 元上司の美樹本さんは、謎だらけの言葉を残し、行ってしまった。