クールな女上司の秘密

 職場に戻り、やりかけの議事録を書き始めようと思ったが、ふと手を止めて左斜め前を見た。つまり、チーフの顔を。

 相変わらず凛々しい顔でパソコンの画面を見つめるチーフ。うーん、実に美しい。正にクールビューティーだ。

 しかし、昼に秋刀魚を箸でつついていた彼女は、だいぶ様子が違ってたな。美しいというより、可愛いかった。それと……

 今朝、起きがけに俺の脳裏を過ぎったチーフの顔は、何とも妖艶だった。昨夜は本当にあんな顔で迫られたんだろうか。だとしたら、抗えなかったのは当然だと思う。こうしている今も、下半身が勝手に反応を……


「どうかしたの? 佐伯ちゃん」

「はっ?」


 俺は慌てて股間を手で押さえ、隣に目を向けた。俺を“佐伯ちゃん”と呼んだのは、左隣りの席、つまりチーフの向いの席の佐藤さんだ。

 佐藤さんは2年先輩の女性で、性格はかなり明るく、俺ともよく喋る。何かと気にかけてくれるのはありがたいが、時々度が過ぎるのが玉に瑕だ。昨夜の二次会でも、佐藤さんは俺に体をピタッと寄せ、ボディタッチが激しかった。


「まさか……」

「え?」


 佐藤さんは何かを言いかけ、しかしすぐに前を向くと、キーボードをパチパチパチっと高速で叩いた。すると、まもなくして俺のパソコンに彼女からのメッセージが飛んで来た。


『チーフに見惚れてたの?』


 すぐさま『違いますよ』と書いて返信しようとキーに指を乗せたが、その時はたと考えた。見惚れるって、見て、惚れると書くのだなと。

 惚れる、かあ……

 正直、俺にとってチーフは恋愛の対象ではなかった。昨日までは。

 チーフに対する思いは、尊敬や憧れ。そういうものだったと思う。女性として見るのは畏れ多い、みたいな。それと、チーフが俺より4つ上という事も大いに関係してたと思う。今まで付き合った子は、みな同い年か年下だったから。

 しかし、俺は前からチーフをとても気にかけていたと思う。チーフがいない日は、寂しいと思ったりした。

 また、チーフと関係を持ったと知った時、戸惑うよりもむしろ嬉しいと思った。そしてチーフが美樹本さんと不倫していると聞いた時、俺はものすごく腹が立ったんだ。


 そうだよ。俺はチーフに惚れてるんだ。しかもずっと前から、好きだったんだ。


「ありがとうございます」


 それに気付かせてくれた佐藤さんに、俺は思わずお礼を言っていた。当の佐藤さんは、首をひねってキョトンとしていたけども。