洗面所で顔を洗いながらふと思った。昨夜はどうやって帰ったのか、と。

 二次会の途中までは憶えている。カラオケで歌を2、3曲歌った事や、佐藤さんにやたらベタベタされた事も。ちなみに佐藤さんは2年先輩の女性だ。

 しかしその後の記憶がはっきりしない。っていうか、全然憶えてない。そう言えば、二次会の会費は払ったんだろうか。

 過去にも記憶をなくすほど飲んだ事は何度かあるが、後で人に聞くと、そういう時でも俺は結構しっかりしていたらしい。ということなので、昨夜も大丈夫だろうと思う。会費はちゃんと払い、しっかり電車に乗って帰って来たのだろうと思う。たぶんだけど。

 おっと、これは暁美のかあ。

 危うく暁美用のピンク色の歯ブラシを使いそうになり、慌てて俺用の青い歯ブラシに持ち替えた。俺の部屋には、暁美用の雑貨があちこちに置いてあるのだ。歯ブラシやマグカップ、女物のシャンプーその他諸々が。


 ワイシャツの袖に腕を通していたら、ベッドの脇に見慣れない物が落ちている事に気付いた。屈んでそれを拾い上げで見ると、小さな薄ピンク色の石が付いた、女物のイヤリングだった。

 男物のイヤリングなんて物が世の中にあるのかは知らないが、少なくても俺はそういった物は身に付けたりはしない。となると、暁美が落としていったのだろうか。

 暁美は、年の離れた妹だ。

 まだ女子大生の暁美は、時々この部屋に泊まる事がある。夜遊びして、郊外にある実家へ帰るのが面倒とか言いながら。

 いや、待てよ。暁美がイヤリングなんて着けるだろうか。

 俺はおしゃれとかには全く興味がなく、断言は出来ないのだが、暁美は耳にピアスの穴を開けていたはず。したがって耳に着けるのは、イヤリングではなくピアスだろう。それに、もし暁美のだとしたら、『お兄ちゃんの部屋にあたしのイヤリング落ちてなかった?』とか聞いてくるはずだ。

 では、いったい誰のイヤリングなのか……

 俺は目を閉じ、記憶を手繰り寄せた。そして思い出した。

 齋藤チーフが、いつもキラキラ輝く石の付いたイヤリングを耳に着けている事を。ちょうど今、俺の手の中にある、これみたいなやつを……