クールな女上司の秘密

「そんなの、言えないわ」

「言ってください。俺には、知る権利があるはずだ」


 今のはハッタリだ。あるいは勢い。俺にそんな権利なんか、あるわけない。要するに、ダメ元のつもりで言ってみたのだが……


「確かにそうね。佐伯君にはその権利があると思う」


 へ? 上手くいっちゃった?


「言うけど、誰にも言わないでよ?」

「言いません」

「真奈美にもよ?」

「い、言いません」

 たぶん。

「ばれたら真奈美に怒られちゃうからさ……」

「大丈夫です。僕は口が堅いので」

 嘘ですけど。

「じゃあ、言うわね」

「お願いします」


 そのとんでもない野郎は誰なんだろうか。それが今明らかになると思うと、俺は緊張でゴクッと喉が鳴った。

 田中さんの顔が俺に急接近し、グロスでぬらぬらした彼女の口が俺の耳元に寄り、そっと囁かれたのだが……


「美樹本さんよ。前の部長の」


 嘘だろ?

 俺は自分の耳を疑った。先月までうちの部長だった美樹本さんなら、当たり前だがよく知っている。仕事が出来、部下の面倒見がよく、自他共に認める愛妻家だ。

 そんな美樹本さんが、チーフとだなんて、悪夢だ。人間不信になりそう……


「あの、何かの間違いじゃ……」

「ううん。だって、本人から聞いたもん」


 ガーン


「したんだからさ、責任とって、美樹本さんから奪って、真奈美を救ってやってよ?」


 ああ、なるほどね。それで“責任とって”“奪って”“救って”なわけか。ちゃんと要約してんじゃん。なんて、感心してる場合じゃないな。


「僕には無理ですよ」

「なんで?」

「あの人には敵わないです」


 全てに完璧とも思える美樹本さんに、俺なんかが敵うわけない。あの人に俺が勝てるものがあるとしたら、せいぜい若さぐらいのもんだろう。


「そんな事ないと思う」

「なんでですか?」

「だって、わたしは佐伯君の方が好きだもん。きゃっ、言っちゃった!」

「この際、田中さんの好みは関係ないですよね?」

「ダメ?」

「無理です」

「そう? 佐伯君を見損なったわ。真奈美が不幸になってもいいんだ? もういい。あなたには頼まない」


 田中さんはそう言って立ち上がった。


「じゃあね」

「ちょっと待ってください」


 早くも立ち去ろうとする田中さんを俺は呼び止めた。


「自信はありませんが、頑張ってみます」

「そう?」

「はい。齋藤チーフにも、美樹本さんにも不幸になってほしくないんで……」

「頑張って? あなたならきっと大丈夫だから」

「はあ……」


 やれやれ、えらい事になっちまったなあ。