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ピシャン、と足元に水がかかった。

「やぁやぁお嬢ちゃん、大丈夫かぁ?悪いなぁ!」

出所はどこかと見回すと、陽気そうなおじさんがこちらを向いて笑っていた。

「あ、いえ…」

浴衣の裾が濡れているが別段気にすることでもない。

「悪いんやけど、その金魚こっちへよこしてくれへんか?」

「え、金魚…」

よくよく地面を見ると、紅い金魚がパクパクと喘いでいる。
「商売道具に逃げられるとかほんま困るわぁ」

道具。

その言葉に頭の芯が冷えた。

祭なんかでしか売れへんからなぁと笑う人を呆然と見つめる。

「そ、そうですね」

ひきつった笑顔で答えてしゃがもうとすると、視界にそれを邪魔するように腕が入って来た。

「こらこら、貴女の浴衣が汚れてしまうよ」

濡れたばかりなら尚更だ、と言う穏やかな声の主を眺める。
白い肌に整った目鼻立ち、優しげな雰囲気。

上質な浴衣を見るまでもなく、育ちが良いことを体現している。

「貴方の方こそ、」

汚れてしまってはいけないでしょう。 

そう言おうとしたが彼は素早い動作で金魚を捕まえた。
そのままおじさんのいる屋台へ向かう。

「でもそれ、鰓に泥が入ってて」

どうせ死んでしまうのに。

「早々に諦めるのは良くない。ね、おじさん」

「あいよ!鰓なんざ洗えば大丈夫だ!」

「なかなか荒っぽいな…」

彼が苦笑いしながら戻ってくる。

「兄ちゃんそこのべっぴんさんの旦那か?よう似合うとるわぁ」

おじさんの声が追いかけてきた。