「……こんな風に。
 由香里の手をしみじみ握るのは、子供の頃以来だ」

 なんとなく、気恥ずかしげに、薫がつぶやいた。

 もう、ぐっと、由香里の『死』は、近づいて来ているはずなのに。

 薫もまた。

 由香里からの最後のメッセージを受け取ったようだった。

 最近良く見る『薬の売人』ではなく。

 冷徹な『医師』でなく。

 ただの兄貴の顔をして。

 由香里の手を自分の頬にあてた。
 
「こいつの手が。
 こんなに暖かかったなんて……
 ……なんで、忘れていたんだろう。
 俺は、この手を守るために。
 ……戦って来たはずだったのに」

 オレは。

 薫が泣くところを初めて、見た。

 由香里の前では、もう。

 オレは、泣かないと誓ったはずなのに。

 ぼやけていく、オレ自身の視界の中で。

 薫は、大粒の涙を、ボロボロと流し。

 由香里の手と、自分のごつい手を濡らし。

 まるで、子供のように、薫は泣いた。