一瞬。

 誰がケーキ屋に来たのか、判らなかった。

 デカい身体を丸めるように。

 昏(くら)い瞳をして、気配をほとんど消した男が、ひっそりと入って来た。

 普段なら扉を開け閉めするたびに、にぎやかな音をたてる鈴さえ鳴らなかった。

 店内は、丁度。

 クリスマス商戦真っ只中で、わきかえっていたから。

 他の店員も客も。

 ケーキ屋の雰囲気にあわないこの男が入って来たなんて、誰も気がついていないようだった。

 ……ただ、オレ一人を除いて。




「……薫?」




 気がついたのは。

 下げて来たケーキ皿を山ほど抱えて、厨房へ入ろうとしたときだった。

 薫は、ヒトを探しに来たのに、目当てのヤツが見つからなかったのか。

 入って来た時みたいに、またひっそりと出て行こうとする。

 その背中を、オレは呼び止めた。

「薫じゃねぇか、どうしたんだ?
 ケーキを買うのか?
 それとも、食うのか?
 用があるなら、声くらいかけろよな!」

「……!」

 オレが、自分に気がついたのが予想外だったらしい。

 薫は、ギクリ、と驚いて、なぜか、引きつった笑顔を見せた。