前に、アヤネから『パティシエ?』と莫迦にされて。

 かえって興味は持ったものの。

 この時は、特に積極的に、やりたい、とは思っていなかった。

 だけども。

 ヤツの申し出に、オレが乗ってみようって気になったのは。

 風ノ塚が『ホンモノ』だと思ったからだ。

 親父が、オレの家庭教師に選んだヤツは。

 名前ばかりが立派で、実際はたいしたことのないやつばかりだった。

 だけど、風ノ塚は、違う。

 本人が言うよりもずっと有名な風ノ塚のすごいことは。

 店の込み具合を見れば一目瞭然だし。

 菓子とかのことはまるっきり素人でも。

 信じられねぇほど美味いケーキが物語っている以上、目に見える形で判る。

 そして、華々しいショウ・ウインドゥの後ろで。

 客に少しでも美味いモノを食わすために、エラく努力している姿も見た。

 悔しいけれど。

 由香里が好きになるのが、少しは判る。

 風ノ塚は、本当にすごいヤツだと思う。

「村崎君?」

 ちょっと心配そうな顔で、小首をかしげる風ノ塚にオレは。

 今まで、一度も。

 誰にも言ったことのない言葉を紡いでいた。




 ……自然に。