男はマスターを呼び何かを注文した。
白髪なマスターはいつも笑顔である。
ここに来て無表情な顔を見たことがない。
しかし、僕は羨ましいなど全く思わない。
それどころか、他人に笑顔を振りまけることに疑問をもつ。
職業柄だろう。
僕はそんなことできない。
でも、マスターの笑顔は何故か特別に思える。
気持ちが安らぐとでも言えようか。
僕はマスターに同じものを頼んだ。
やはり僕にはこれが似合っているようだ。
男はまだ隣で飲んでいる。
いつまでいるつもりなのか。
「うまいか?」
いきなり男が尋ねてきた。
「まぁ…」
僕は小さい声で言った。
男はさっきよりもにやついて言う。
「1人で飲むより2人で飲んだ方がうまいって言うしな」
男はグラスを回しながら見つめていた。
その手は僕よりも大きかった。
がたいもいい。
無精髭。口髭に顎髭。
無防備なやつだ。
「そうですね」
僕は適当に答える。
この状況から早く離脱したかったからだ。
男は眉を上げて口を曲げた。
少々気に食わなかったのだろう。
だが、僕には全く関係ない。



