『なんだかんだ言って我儘し放題に見える御曹司も大変なのよ。』
麗香さんの言葉が脳裏を過る。
一ノ瀬の御曹司だ。
きっと、周りに弱みなんて絶対に見せないんだろう。
だったら、少しは気を許せる場所があってもいいんじゃないの?
「私の前じゃ、気を張ることなんてないですよ。何の関係もない偽装結婚の相手なんだし……」
って、何言ってるんだ私は。
でも、この言葉に嘘はなかった。
「これからは私、朝ごはん作ります。やっぱり朝ごはんは1日働くエネルギーになりますから!」
そう、隣を見ると一ノ瀬司は無表情でハンドルを握り締めていた。
てっきり余計な事するな、と不機嫌そうに言うのだと思ってたけど。
無言ですか………
それもそれでキツイかも。
何でもない振りして、窓の外の風景を見つめていると信号が赤になり車は止まる。
「………勝手にしろと、言っただろう。」
低く呟いたような声に隣を見ると、眼鏡を外し前を見つめたまま彼は呆れたようにフッと笑った。
御曹司の一ノ瀬司ではなくて、
一人の人間として…
今の彼はそんな風に感じた。

