オフィスにラブは落ちてねぇ!!

「へぇ、女の子なのに珍しいね。甘いもの苦手なんだ。レーズンは嫌い?」

「食べた事はないですけどね。見た目からダメで。」

「食わず嫌いだ。」

「食わず嫌いは損だよって、マスターによく言われます。」

「美味しいんだけどな、レーズン。俺は好き。」

「じゃあ支部でレーズンの入ったケーキとかおすそわけでもらったら、私の分も食べて下さい。」

「うん、いいよ。」



それからしばらく、コーヒーを飲みながら他愛ない話をして過ごした。

「あ…もうこんな時間か…。」

緒川支部長が壁時計を見て小さく呟いた。

時計の針は11時を少し過ぎたところを指している。

(もう帰っちゃうのかな…。)

ただ話しているだけなのに、一緒にいると心地よくて、時間が過ぎるのが早く感じた。

緒川支部長がコーヒーを飲み干して立ち上がった。

「もう遅いし、そろそろ帰るよ。」

もっとたくさん話したい、もっと一緒にいたいと思うのに、その一言が素直に出てこない。

“明日は休みなんだから、まだ帰らないで”とは、自分からは言いづらい。

愛美の気も知らず、緒川支部長は玄関に向かう。

玄関で靴を履いて、緒川支部長が振り返った。

「シチューごちそうさま。ありがとう。」

「どういたしまして…。」

(やっぱり帰っちゃうんだな…。)

愛美が寂しげに目を伏せると、緒川支部長は愛美を抱き寄せた。

「もしかして…俺が帰るの寂しいって、思ってくれてるの?」

愛美がためらいがちに小さくうなずくと、緒川支部長は優しく愛美の頭を撫でた。

「ホントに?嬉しいな…。言ってくれたらもっと嬉しいんだけど。」

「……。」

“帰らないで”“一緒にいて”と言いたいのに、素直に言おうと思うほど声が出ない。

(ああもう…なんで言えないんだろ…。)

なかなか素直になれない自分がもどかしい。

「じゃあ…帰るよ?」

緒川支部長は小さくため息をついて、愛美の頭をポンポンと優しく叩いた。