10分ほど経った頃、緒川支部長の部屋のチャイムが鳴った。

緒川支部長はマスターが来たのだと思いながら、インターホンのカメラモニターも確認せず、玄関のドアを開けた。

しかしそこにはマスターではなく、リンゴの入ったビニール袋を手に提げた愛美が立っていた。

「え…愛美…?」

愛美は気まずそうに目をそらしてビニール袋を差し出した。

「これ…マスターに頼まれたので…。」

「あ…うん…。ありがとう…。」

緒川支部長が差し出された袋を受け取ろうと手を伸ばした時、愛美がためらいがちに口を開いた。

「あの…この間は、看病してもらって…ありがとうございました…。」

「え?ああ、うん…。」

緒川支部長が袋を受け取ると、愛美はうつむいたまま小さな声を絞り出す。

「…ちゃんと話も聞かないで…ひどいことばっかり言って…ごめんなさい…。」

それだけ言って逃げるようにその場を離れようとした愛美の手を、緒川支部長は慌てて掴んだ。

「愛美、待って。」

緒川支部長は掴んだ手を引き寄せ、愛美を思いきり抱きしめた。

「ごめん…少しだけ、このままでいさせて…。」

愛美は緒川支部長の腕の中で、温もりと鼓動が伝わってくるのを感じていた。

(あったかいな…。ずっとこうしてたい…。)

「愛美が俺の事なんて大嫌いなのも迷惑なのもわかってるけど…。ごめん…これで最後にするから…。」

緒川支部長の言葉と優しい声に、愛美の目から涙が溢れた。

(バカ…私がその声で聞きたいのはそんな言葉じゃないよ…。)

小さく肩を震わせて涙を流している愛美に気付いた緒川支部長は、困った顔をして手を離した。

「ごめん…俺にこうされるの、泣くほどイヤだった…?」

「イヤです…。」

「やっぱり…?ごめん…。」

「離したら、イヤです…。」

「そっか。離したら……え?」