「あれだな…。あの子は何度もつらい恋愛で傷付いた経験があるから。」

「そうなんですか…。」

マスターは渋い顔をしてタバコに火をつけた。

「政弘、愛美ちゃんとのデート、ドタキャンしただろ?」

「…ハイ。」

「この間の夜もそうだけど…その時もハッキリした時間とか言わずに待ってろって言った?」

「この間は早く仕事終わらせて行くから待っててって言いました。デートドタキャンした時は、用事が終わったら連絡するって。」

マスターは額に手を当て、大きくため息をついた。

「やっぱりか…。あのな…あの子、待たされるのダメなんだ。」

「え?」

「約束した時間まで待つのはいいとして…ハッキリした時間とかわからずに待ってるとな、もう来ないかも知れないって怖くなるんだよ。」

「来ないかもって…。」

マスターはタバコの煙をため息混じりに吐き出して、灰皿の上に静かに灰を落とした。

「前の男がな…付き合い出して少ししたらいつの間にか愛美ちゃんの部屋に転がり込んでてな…。最初は普通に優しかったらしいけど、そのうちろくに働きもせずに愛美ちゃんに食わせてもらって金たかってさ…ヒモってやつだよ。」

「ヒモ…ですか?」

「ああ。でもある日急にいなくなって…愛美ちゃんはずっと、そいつが帰って来るの待ってたんだけどな…結局そいつは愛美ちゃんを捨てて他の女と消えたらしい。」

「だからお金…。」

緒川支部長はやっと愛美の言葉の意味がわかり、複雑な気持ちになった。

「その前の男は浮気ばっかりしてたってさ。約束してもなんの連絡もなく何時間も待たされて、すっぽかされた事が何回もあるって。何時間も待ってたら、その男が愛美ちゃんの親友とイチャつきながら、目の前を横切って行ったらしい。」

「えぇっ…。」

緒川支部長はその時の愛美の気持ちを考えると、いたたまれない思いでため息をついた。

「その前はDV男だな。そいつも最初は優しかったらしいけどな。歳上で仕事ができて自信家で、俺について来いって感じの…いわゆる俺様タイプだ。」