「先生って、左利きだったんですか?」


委員会の後

チョークの粉がなるべく制服にかからないように、あたしは腰を引いた変な体勢で黒板消しを駆使する。

ちらりと振り向いた時、上げた腕と肩の隙間に見えた先生の姿。


「黒板に書く時は右、煙草を吸う時は左」


さっきまで生徒が座ってた席に頬杖を付き、書類に走らせる赤ペンを止めて、左手をひらひらとこちらに掲げた。


「ごはんは?」
「み…いや、そういやスプーンは左で持つな」


だめだ、手が届かない。

教卓の脇に置いてある、背もたれの無い木製の椅子を、黒板の前まで引きずった。


「気ぃ緩む時つい左の癖がでるのかも」


…できれば緩めずに、いて欲しいんですけど…

ぱんぱんと
手に付いたチョークの粉を払い、上履きを脱いで椅子の上にあがる。「すごいですね。使い分けてるなんて……っわ!」


粉が舞っていたのは、あたしの身体だけじゃなかった。正に滑材と化した粉のせいで、椅子からつるりと足を滑らせる。

落ちる、と諦めた瞬間


「――とと。危ねー」


よろめいた体を、先生が支えた。


そのまま両肩を掴まれて、無事床に着地。

先生は乱れた息を、大きなため息にすることで整えて、ふっと口元を緩ませた。


「あ、りがとうございます…」


心臓が破れそうなくらい騒がしいのは、アクシデントのためだけじゃない。

肩に伝わる温度
この際どい距離


「キスは左」


言いながら、おもむろに肩から離した左手を、宙に浮かせる。


「…向かって、ですか?」
「お、その気になったのか?」
「ち、違いますよっ!」
「試してみる?」


僅かに笑いを帯びた声。

からかわれてる…

キュッと唇を結んだら、先生は指先で、あたしの頬をつついた。


「粉、被ってんぞ」
「へ?」


慌てて手の甲で拭おうとした瞬間、右手で強く、その手を捕まれる。
光を通すと微かに茶色い前髪が、目の高さで揺れた。


「…っ」


左手で顎を持ち上げられ、驚く間もなく塞がれた唇には柔らかい熱が灯る。


「教師とオトコ使い分けるのは、楽じゃねぇな」


吐息混じりに呟くと、先生は眉を下げて力なく微笑んだ。