コンコン

「はーい、どうぞお入りナ」

どこか知らない路地裏で、派手な店を見つけてね。

でもね、誰にも見つけられるわけじゃないわ。

「おじゃましまーす…」

入った店内は、薄暗く一人の男と一匹の黒猫がいるばかり。
まさかここが本当に噂の店なのか。
もしかしたら、狐に化かされてるんじゃないか。
客の男は、唾を飲み込んだ。

「はいはい、いらっしゃいネ。
お名前は?」

出迎えた男は、真っ黒な着物を着て、その上から深緋色のパーカーを羽織っていた。
耳からは、曼珠沙華をモチーフにしたピアスが揺れる。
どこか訛りのある話し方をする怪しい奴だ。

「あ、璃人(りと)っていいます」

「璃人クンね、ハジメマシテ。
ボク、黒珠(こくじゅ)っていうヨ」

ニコニコと右手を差し出した。
その指には、黒曜石が嵌め込まれたシンプルな指輪が光る。
重ねた手は、…とても冷たかった。

「本題に入ろうか。
君が求めてるのは、『種』だよネ?」

一見、薬屋のような店内。
天井からは、薬草やらキラキラ光る小瓶やらが垂れ下がっている。
この店を見つけられるのは、一握り。
求めるのは、『種』のみ。

「はい、どうしても欲しいんです」

白っぽい髪から覗く蒼い目が印象的な月璃。
その瞳には、強い意志が見えた。

「…理由を聞いてもいいカナ?
もちろん、『種』は用意するよ」

気怠げにしっぽを振る猫が鳴く。
爛々と光る金色の目が、璃人を射抜いた。
まるで、心まで見透かされている気分だ。

「俺が彼女、月玻瑠(つきはる)と出会ったのは今から1年程前です。
彼女は、俺の家の使用人で。
異国から来たので、青緑色の綺麗な髪と色素の薄い瞳の娘でした…」

黒珠は目を閉じた。

滔々と語られる恋の話。
黒珠にとって、興味のないものであり、心躍る瞬間だった。
口の端が上がるのを堪えられない。
この男の胸には、どんな華が咲くのだろうと。

話を聞き終えた黒珠は瞼をあげる。

要約すると、璃人の話はこうだった。

家の使用人である月玻瑠と娘に恋をした。
しかし、身分社会であるこの国で自分から想いを告げてしまえば月玻瑠は断らないだろう。
どうしても想いが知りたい。
恋を叶えたい。
親友に聞いたおまじない。
それを、信じてこの店の扉を叩いたという。
見つけられたのだから、それだけで運がいいのだ。

「ふーん、いいヨ。
『種』用意してあげる。
もし、失敗する事があったらお代を頂くからネ」

この店の変なところ。
普通は、成功報酬。
だが、この店では失敗したら胸に咲いた華を頂くというものだった。
噂だが、その華を摘み取られたらこの恋を綺麗さっぱり忘れてしまうという…。

「わかってます。
それに、俺、もうすぐ婚約させられてしまうんです。
だから、絶対この恋を実らせたい」

「じゃあ。
この『種』飲んで。
症状が現れるのは、人それぞれ。
一、二分で現れるかもしれないし、五日後かもしれないヨ。
…君は、どんな華を咲かせるのカナ?」