都兎「……ぁ………き、き…?」
希輝「!おにいちゃん!!」
私の声で苦しんでいたお兄ちゃんが普通の目に戻って私を見た。
よかった。戻ってきた。そう、思ったのに。
都兎「…?……こ、こは…どこ…だ……??」
それなのに、お兄ちゃんは何処か様子がおかしい。
希輝「おにいちゃん、?どうしたの」
キョロキョロと不思議そうに辺りを見渡していた目が自身の手元でピタリと止まった。
どうしたのかと思ってみれば、お兄ちゃんは震えだした。
都兎「ぁ…ぁぁああぁあぁぁああああ……
おれ、おれはっああぁぁぁあああああああぁっ」
希輝「おにいちゃっ」
地面に落としたナイフなど気にせずに両手で頭を抱え込んで叫び出した。
咄嗟に伸ばした手はお兄ちゃんの手によって弾かれ、行き場をなくした。
どうしたら、なんて考える暇もなくお兄ちゃんはゆらりと揺れながら立ち上がった。
固く閉じられていた目は再び虚ろとなり、百桃を捉えた。
そして、地面に落ちているナイフを手に取った。
希輝「っ!だめっ!!おにい…ッッッ」
お兄ちゃんの腕を掴もうとした私は思い切り突き飛ばされた。
地面に倒れ込む私をチラリとも見ず、ナイフを持った手を振り上げて目の前の百桃を斬った。
百桃の体から吹き出た血がお兄ちゃんの体に、顔に、飛び散った。
スローモーションの様に後ろへと倒れていった百桃をただ見ていることしか出来なかった。
希輝「………も…も……っ…」
ダッと倒れ込んだ百桃に駆け寄った。
希輝「もも、、ももっ!!」
斬られたのは皮膚の表面で深くまではいっていなかったのか、出血はあまり多くなかった。
それでも斬られたのは確かで、痛がっているのがわかった。
百桃「っうしろ!」
半目だった目が大きく開いて私に向かって叫んだのと同時に、反射的に振り返った。
希輝「ひっ、!」
血で濡れたナイフを私に向けたお兄ちゃんと目が合った。
その目は殺意が籠っていて、確実に殺す気だというのが嫌でも伝わってきた。
お兄ちゃんが殺人犯になったら、私は独りになる。
……そんなの、いやだ。
百桃が死ぬことが、お兄ちゃんが殺人犯になることが、嫌だったんじゃない。
私が独りになるのが、嫌だった。



