…それから、百桃は何も言わず部屋を出ていった。
私はただじっとその部屋から一歩も出ることなく、お兄ちゃんが目覚めるのを待っていた。
でも、何時間待ってもお兄ちゃんが起きる気配がなく、子供だった私はそのまま壁に背を預け、眠りこけた。
そして、目覚めた時には既にお兄ちゃんはいなかった。
部屋はまるで何も無かったかのように元通りに戻っていた。
隠し部屋の扉も閉まっていたが、もう扉を開ける気にはならなかった。
またあんなお兄ちゃんを見るくらいなら…何も知らなくていい。
‥‥そして私は逃げた。
"真実"を知らぬまま、『お兄ちゃんのため』と自身に言い聞かせた。
それが、どれだけ残酷な未来への一歩だったとも知らずに…。
-それから約一年、私が百桃に会うことは無かった。
……いや、違う。
会う機会は何度だってあった。
静まり返った夜中、部屋にいても聞こえるお兄ちゃんの怒鳴り声。
家中に響く、割れる音やぶつかる音。
それが何を表しているのかわからないほど馬鹿ではなかった。
それでも、私は聞こえないふりをし続けた。
何も聞いていない、何も知らない、ただの子供のふりを。
一緒にご飯を食べるお兄ちゃんは、勉強しているお兄ちゃんは、いつもと変わらなかったから。
"百桃"が関わらなければ、いつもの"お兄ちゃん"だったから。
…だからあの日まで気づかなかった。
お兄ちゃんがあそこまで"狂っている"ことに。
葵絆が昏睡状態になってすぐ。
その日はやって来た。
何故そこに私が居たのか、お兄ちゃんと百桃は"何"をそんなに言い争っていたのか、何一つ覚えていない。
けれどあの日犯した私たちの"罪"だけは、鮮明に覚えている。
それは、あまりにも唐突で浅はかな行動だった。
ある日の夜中、ひと一人通らない細い路地の先にある小さな公園に私たちはいた。
虫の声さえも聞こえない中、ただいつもの様にお兄ちゃんの怒鳴り声だけが響いていた。
私はあの時のようにお兄ちゃんを止めることも、百桃を助けることもしなかった。
ただポツンと突っ立って2人の姿を見ていた。
何も、思わなかった。
百桃が可哀想とも、お兄ちゃんが怖いとも、早く終わればいいのにとも。
吃驚するくらい無感情だった。
…そんな中お兄ちゃん怒りは永遠に続くとさえ思えた。その時だった。



