──タイダルベイスンの桜は春の到来を告げ終わったのか、視界を薄ピンクに染めるほどの花びらを風に遊ばせる。

 煌びやかに儚く舞う花片(かへん)の中に佇む影を、泉は声もなく見つめていた。

 手を伸ばせば消えてしまいそうなほどの優美さと、強烈な存在感を併せ持つ、その不思議な感覚に目眩すら覚える。

 初めて見つけた時と同じ、前開きのシャツをボタンをせずに着こなしている。

 あの服装には意味があるんだろうと若干、膨らんでいる左脇腹に目をやった。

「スロウン・レイモンド」

 その声に青年が振り返ると、威圧するように男が間近で見下ろしていた。

 しかし、青年はそれに動揺する事もなくただ無表情に男を見上げる。

「よくもやってくれたな」

 追い詰めるように泉が顔を近づけると青年はやや眉を寄せたが、それ以上の反応はない。